我が心の阪神タイガース
で、なんと十数年ぶりに野球を見てきたのだ
阪神タイガース対横浜ベイスターズ・・・で、結果は
われらが阪神タイガースのダイナマイト打線・・・ならず脱線で完敗・・・
ま、勝負は時の運ということもある負けは負けで良い・・・良くないけど
それより久しぶりの球場は良かった
ボールがグラブに収まるときのパッシ~ンと言うのもこ気味いいしボールがバットにあたる音もいい
ただ幾分勝手が違ったのは応援が組織立っていること
選手それぞれの応援歌があるしそれも応援団の合図でピタッとやめる
十数年前は「オラオラ、何でそんな球が打てへんねんや、プロやめてまえ」という幾分柄の悪い応援だった(応援か?)
ゴミもみんなが処分し最後には紙くず等はほとんど(全くと言ってもいいぐらい)落ちてなかった
われらがアニキも鳥谷も、当然新井も今日はさっぱりでした
T君に捧ぐ
少年は空を翔る夢を見た
だが彼の翼は空を自由に翔るにはあまりに脆く、未熟だった
回りは彼をいさめ、つつがない人生を送るよう薦めた
それが彼にとって何よりよい選択であることは彼にもわかっていた
でも彼はある日自分の翼で飛ぶことを選んだ
小さな後悔とそれに伴う恐れは空から見る景色で吹き飛び彼は初めて為す事の喜びを知った
雨も風も稲妻さえも彼は周りに楽しいともらした
彼の翼は次第に鍛えられ元の彼のひ弱な翼には見えなくなっていた
今日は山の高さを飛び、明日は橋の下をくぐった
宙返りも急降下も思いのままに思えた
翼は無理をした
翼はある日唐突に破局点を迎えた
彼がいなくなった空は今も変わらず風が舞う
ときおり木立がこすれあって音を出すのは彼を呼んでいるのかもしれない
ときおり強く吹くのは彼を探しているのかもしれない
ときおり降る雨はいなくなった彼のため空が涙しているのかもしれない
時の移ろいの中で彼のことは忘れ去られ、日々の営みは何の変哲もなく無為に過ぎる
だが空は知っているのだ かつて空を翔る夢を見た少年のことを
だが風は知っているのだ かつて風を友達に遊んだ少年のことを
だが稲妻は知っているのだ かつて稲妻さえも楽しんだ少年のことを
あえて僕は涙を流さずにいよう、短くも輝いた少年のために
涙は彼の輝きを曇らせてしまうような気がするから
JUDGEMENT DAY
審判の日・・・ターミネーターかよ!!
で、衆議院選挙なのだ
で、自民惨敗なのだ
4年前とは真逆の結果なのだ
負けた自民党の議員は「見えない風が吹いているようだ」とか「見えないところで地殻変動があった」なんてお茶目なことを言っているのだ
それが見えないから負けたのだ
「街頭演説のときにはそんな風は感じなかった」なんて言っているのだ
街頭演説を聴きに来る人はもともと支持をしている人が多いってことがわかってないのだ
支持しない人の街頭演説なんてまず聴かないのだ
人は聴きたいことを聞き見たいことを見る・・・のだ
裸の王様になってしまっていたのだ
だから政権交代は仕方ないのだ
でも4年後の選挙はわからないのだ
民主党がわけのわからない政治をしたらまた自民党が大勝ちするのだ
それが民主主義なのだ
これでいいのだ
大原麗子さんが
大原麗子さんが亡くなられました
大・大・大好きな女優さんでした
同じ世代だと吉永小百合さんの方が人気があると思いますが僕は大原麗子さんの顔立ちとあのなんともいえないハスキーな声が好きでした。
以前から難病に冒され闘病生活を送っているということは知ってましたがこういう最後を迎えるとは思ってもいなくて一世を風靡した大女優の結末にしてはあまりに寂しく、胸が締め付けられるような思いがします
1970年代に放映された「雑居時代」というドラマの「夏代」が印象にあり、そのキャラクターと彼女自身を同一化して見てしまっているので実際はかなり違った人なんだろう
二度目の離婚会見で「家庭に男が二人は要らなかった」という言葉通りおそらく家庭では「男」だったのかもしれない
でも、男女を問わずひとつの仕事に打ち込めば打ち込むほどそれは「男」になることなのかもしれない
以前、とんねるずのバラエティに出てたとき(たぶん45歳ぐらい?)「あ~年はとったけどやっぱり綺麗やなあ」と思った記憶がある
で、5年ぐらい前にやっぱりバラエティに出てたとき、さらに年はとってたけどやっぱり綺麗だった
年は取るのではなく、重ねるのだということを教えてくれた人だった
美しく年を重ねればその人の魅力は損なわれないという見本の人だった
晩年、欝になり奇声を上げることがあるという雑誌の記事を見たことがある
町内自治会に入っておらず地域住人の人からはあまりよく思われてないというような記事をみたこともある
それやこれや人にはいろんなマイナスの面がある
彼女に文句を言う地域住人の人もそれほど立派な行いをしてるのか?
そもそも雑誌の記者にそんなことをリークする行為はそれほど立派なことなのか?
こんなことを書くと大原麗子さんにしかられるかもしれない
あのハスキーな声で小さく笑いながら「いいのよ、そんなこと、人は人じゃない」なんていわれそうだ
そうだ、たしかに僕は大原麗子さんのことを
「すこし愛して・・・ながく愛して」たのだ。
麗子さん やすらかに 合掌
怪奇日食・・・ちがうか
皆既日食なのだ
午前中各テレビ局がかなり力を入れて中継していた
たしかに完全に隠れたときは真っ暗になってちょっと感動した
でも・・・
完全に隠れてなくて薄暗いときテレビのカメラの感度を上げてしまったのか「薄暗さ」が全くなくひとっつも神秘さがなかった
さらにロケ地とスタジオの連絡や打ち合わせが悪くかなりグダグダになってしまっていた
そもそも皆既日食なんて2~3年に一度世界のどこかで必ず起きる現象、さほど珍しくはないのだ
それをお祭りのように騒ぐ日本ってホント平和やな~~~~
ちなみに次は26年後
今から46年前僕が小学生のときに体験し、一応今年も体験した(あまり興味はなかったけど)
26年後・・・果たして体験できるか・・・
ところで日食が起きる約6分間、世界では50人の子供が飢えで死んだ
テレビ局がロケに使った費用の10分の1で何人の子供が救えたんだろう・・・
CMは世相を現すとは言うが・・・
首都圏にあるスーパーのチェーンのCM
お弁当が安いのを表現するため298円の弁当を食べた夫に「じゃあお釣りは?」と
聞き返すCMがある
そのCMを見るたび「そこまでするか!」「そこまで言うか!!」と胸糞が悪くなる
普通なら「そんなお弁当で栄養足りてるの?」とでも言うべきじゃないのか?
で、栄養もカロリーも足りていることをアピールすればCMの効果もあるだろう
ただただ安いだけのアピールでは見ているものに逆に不審を持つ人がいるのじゃないのだろうか
昔ハンバーガーチェーンのCMで子供と母親がハンバーガーを食べバリューセットで安かったので後ろにいる夫に「じゃああなたも食べていいわよ」というのがあった
そのCM以来、僕はそこのハンバーガーを一度も食べてない
どうしても食べたい時は少々高くてもモスバーガーを食べる(美味しいし)
さらに別のCM
これは殺虫剤のCMなのだがストーリー性をもたせている
ゴキブリの一家があり父親と母親、そして小学生ぐらいの子供(姉弟)がハイキングだかピクニックだかに出かける(絵はかなり誇張し、かわいく描かれている)
それを見送る祖父母(たぶんいってらっしゃーいとか車に気をつけてとか言ってるのかもしれない)
行き先は家庭の生ごみのあるところ。
一家はそこで祖父母へのお土産を見つけ持って帰る(実はそれがゴキブリの巣で効く殺虫剤)
かくしてその夜、一家は全滅してしまう・・・
う~~~~ん・・・たとえゴキブリといえどこんな表現良いのかな~~~と思ってたらどこかの子供がそのCMを見て号泣したらしく、ほんの短い間だけの放映だった。
僕の感性は幼児並みなのかと思うがいまだにMcを食べない僕は究極の偏骨なのかとも思う
わずか15~20秒に数千万円から数億かけるCM
298円の弁当何個分だ?
夢と未来は同義語なのかもしれない
三木たかしさんが亡くなられた
昭和の歌を代表する作曲家だ
岩崎宏美さんの思秋期とか石川さゆりさんの津軽海峡冬景色など数多くの名曲を創り出した人だ
まだ64歳・・・早すぎる死だ
彼はヒット曲を出してた頃「僕は57歳~70歳ぐらいにピークが来ると思う」というようなことを言ってた
つまりあれだけヒットに恵まれながらまだ満足したものはできてなかったのか
「売れる=満足」では無いのだろう
アーチストとしての目標を二つも三つも上に置いてたのだろう
目標に達したときにはすでにその目標はさらに高い位置になってのかもしれない
彼の夢は未来にあり、その未来を夢見続けてきた生涯だったのだろうか
すごくうらやましくもあり、早すぎる死にすごく残念な気もある
ご冥福をお祈りします
僕自身、呼吸器の障害でそれほど長生きできるとは思えないが、僕に残された時間(あと10年か15年ぐらいか)で彼ほど未来を夢見続けることができるのだろうか
自己を高める為にやりたい事はいっぱいある 3DCGの勉強もそうだし、3年前にはじめたまったく上達しないカメラもだ
自分が描く作品の質を高めるのもそうだ
もっともっとと思いながら、でもどこか「まあいいや」という気持ちがある
自分の描くものがお金にならないというのもあるかもしれないし、日々の生活に追われているというのもあるかもしれない
昭和初期の芸術家のようなストイックさは持ち合わせていないし、そんな生活をすると周りに迷惑をかけてしまう(現に一部の方には迷惑をかけているし)
夢を追うことは金がかかり、肉体的、精神的エネルギーも消費する。
とうとうと流れる大河のように時は緩やかでも決して止まることなく、今は過去へとゆらゆらとしたカゲロウのように記憶からは消え去ってしまう
老いた未来のある日、それでも僕は夢を持っていられるのだろうか







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