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ちかれたび~

この間までさんざんぐ~たらしてたツケが今日出た。

八時半に家を出て帰ってくるのは夜の九時…

立ち仕事、足に鉛を巻いたみたいに重い

そう言えば巨人の星のオープニングで飛雄馬がタイヤをひっぱるトーレーニングを「コンダラ」と言った奴がいた

主題歌の「♪おもいこんだら、試練の道を♪」を「重いコンダラ」だと思ったらしい…

ま、そんな事はどうでもいい、とにかく僕の足は「コンダラ」状態なのだ

だから今日は風呂ゆっくり使って早く寝る…

担当の商品、一本も売れなかったが週報には一本売れた事にしておこう…

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テスト

動画UPのテスト

「テスト用動画.mov」をダウンロード

僕の部屋です…メチャメチャ散らかってます

デジカメのムービー機能で撮ってます

ダウンロード MA$AYOsアジト

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teruさんにプレゼント

Teru2_2 展示してた写真をイラストにしてみました

気にいってもらえるかな~

追記

画竜点睛 影を少し濃くし、おめめをきれいにしました

Teru2

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傲慢オヤジと我儘オンナ

痴漢で逮捕された男性が刑事事件では痴漢行為は無かったとして無罪になり不法逮捕を訴えた民事では痴漢行為があったとして訴えを認められなかった。

真実はそれを知る立場に無いのでわからないがどう考えても

混雑とまでは行かないが肩が触れ合うぐらいの車内。

女性が電車の中で携帯で話をしてたのを、後から乗ってきた男性がそれを注意したらしい。

女性の証言は酔った男が股間をスリスリしてきたといい、男性は酔ってなくて携帯電話を注意しただけだという

状況的に女性の発言に無理がある。女性の身長は177センチ(高い)男性は160センチ台半ば、10センチの身長差、さらにオヤジと今の若い子では腰の位置が違う

物理的に男性がその女性の腰に股間を当ててスリスリするのは不可能だしそういった行為を周りの人が気がつかなかったというのもおかしい。痴漢行為を見たという人は現れていない

さらに女性にとって不利なのは事情を聞くための再三の出席要請にも出なかったこと

彼女の父親は「被害者とはいえ若い女性がそういった犯罪の事情を聞かれるのは抵抗がある」と言うようなことを言ってた。

なんかそれは彼女の一連の行動にそぐわない気がする。

電話を注意された時「わかったよ切ればいいんだろ」という乱暴な口を利いたというし、さらに男性を駅員に突き出したのも彼女だという

それが「なんでいまさら」という感がある

吉本新喜劇で女性が男をボコボコにして彼氏が現れた途端、彼氏に擦り寄り「いや~ん怖い」というお決まりのギャグがあるがそれを思い出させる。

全国で痴漢冤罪が多い。実際痴漢をされて人違い逮捕というのもあるし、ある男は目の不自由な女性に常習的に痴漢を働いていた。そんなクソ以下の男もいる

痴漢で逮捕されて認めるとすぐに帰され、認めないと拘置されるという背景が痴漢冤罪を多発させる原因になっていると思う。

ある男性が痴漢で逮捕され認めれば帰すと言われ心が動いた時、会社の上司に「してないんだったら認めるな!」と言われ認めず、結局無罪を勝ち取ったというニュースがあった「アッパレ」

こう書くと携帯電話の女性のことを「注意を受けた腹いせに男性を痴漢に仕立てたとんでもないオンナ」というようにに映るだろう

それは僕が言いたい事の半分だ

今回の携帯を注意した男性は自分の事を酔ってなかったと言ってるが果たしてそうだったのかな?

電車内で携帯電話を使ってる女性の事を「ウザイな」とか「うるさいな」と思う事はあるかもしれない僕は別に思わない

でもほとんどの人は我関せずで知らん顔するだろう。わざわざ注意したりはしない。現に彼女は男性が乗ってくるまでの間しばらく電話で話してたと彼女の友人の証言があるが、周りの人は誰も注意しなかった

それを注意する事自体に「酔ってたんじゃないの?」と思ってしまう

オヤジの傲慢な正義感ほど始末の悪いものは無い

そもそも携帯電話をなぜ電車内で使ってはダメなんだろう。車ならわかる。電話に気をとられて事故を起こす確率が高くなるからである。

確かに出始めの頃車内で大きな声で話すオヤジがいたのは事実で、僕自身辟易とした経験がある。でも今使う人はほとんどの人が小さな声で話し、さほど迷惑だとは思えない

僕が電車内での携帯電話禁止に疑問を抱くのには理由がある

初期の携帯電話が一般的になった頃、少し目の不自由な女の子おそらく全盲ではなく弱視が携帯電話を使って、おそらく親であろう相手に駅まで迎えに来てくれと連絡を入れていた。

それをそばにいたオヤジが僕もオヤジだけどさも迷惑そうな顔をして、でも一応言葉は優しく「車内で携帯を使うのは止めようね」みたいなことを言ってた。

独り善がりの正義感振り回すんじゃねえ!!と言ってやりたかったが小心者の俺は何も言えずただ見ていただけだった

もしかしたら女の子の家は駅から遠いのかもしれない。駅に着いてからだと10分とか20分とか待たなきゃいけないのかもしれない、

だったら早い目に電話を入れておいて…そう考えても別に悪い事じゃないでしょう

10分とか20分とか女の子が駅に佇んでたらそれだけで何らかの犯罪に巻き込まれるかもしれない時代、前もってそういう手を打っててもいいだろ

どんな事にもマナーは大事だがマナーに縛られてせっかくの便利な機能、無駄にしてないか?

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場面を考える

ユヅキ姉さんがネットホラーを書くらしい…僕はそういうのに弱いのでたぶん読むことは無いが、姉さんが「怖い事」を神林女子と一つ一つあげていったそうだ。

そこで僕なりのツッコミ

「嬰児なんて怖くない?」            あまり怖くは無い
「惨殺ってのも怖い」               
これも今の時代さほど…
「主人公は全体的に色素の薄い美少女がいいな」  
う~ん
「気味が悪いぐらい若く美しい熟女は?」     
   これは会ってみたい

上の二つを合体すると

「色素の薄い熟女」…鈴木その子さん?

僕的に怖いシチュエーションは

何の変哲も無い朝

少しばかり早く目がさめた僕は鳴る前の目覚ましを止める

少し伸びをし。洗面台に向かう

いつもの場所にあるいつもの歯ブラシにいつもの歯磨きをチューブから練り出し、そろそろ次のを買わなくてはと思う

何気なく鏡を見る。昨日の夜に剃ったひげはまだ伸びているはずは無いが一応身だしなみとしてチェックする

鏡には自分の顔が映り寝グセがひどい事に気づく

その鏡に自分ともう一人そこに映るはずの無い見知らぬ女性が…

鏡ってこわくない?

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あしたから仕事…

この3ヶ月失業中だった。

完全に引きこもりのニート状態、パソオタのロリコン…ロリコンは違うな、どちらかと言えば熟女好きかな…

春からの仕事は決まっていたのでそう焦ってはいなかったが、収入が途絶えてて

経済的に厳しくなっている。

絵が売れればいいのだが作品の性質上そう高価で取引はされない。

それでも数売れればいいが、数も売れない

画家で絵だけで生活している人ってどれぐらいいるのだろうと思ってしまう。

だったら一年を計画的に暮らせばいいと思うが収入がある時はその収入の生活をしてしまう。

俺は典型的なキリギリスなのだ。

暖かい時は歌を歌って何が悪い、俺は人生を楽しむために生まれてきたんだ

そう言いながら路上生活で残飯を漁る自分の姿が見える。

お気に入りのタグホイヤー…売って金に替えてしまおうかと考える俺がいる。

でもそれをしてしまうと自分が自分でなくなってしまうのじゃないかと恐れる別の自分もいる。

現実とプライドの狭間で自分のアイデンティティの崩壊を恐れる自分がいる

今年の夏が猛暑である事を祈ろう

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一人旅のススメ 3

珠洲の民宿は「くにまつ」と言って建ってそれほどの年月は経っていないように思われた。宣伝をするわけではないが、その民宿が今あるのかもわからないし感じのいい民宿だった。

この民宿は現存してるようです。でもおそらくかなり大掛かりな建て替えをしてると思います

当時の食事は普通の民宿のメニューだったが土地柄のせいか魚の鮮度が違っていて美味かった。

僕は元々焼き魚や煮魚はあまり好きではなかったのだが、この旅でそういったものの好き嫌いがなくなった。

建物から裏手へ少し歩くと海になっていて夜、食事が終わると女子大生の二人と別に一人で泊まっていた一つ年上の大学生と行く事にした。

どいうわけかその大学生の事は「いた」と言うことしか覚えていない。

顔はもちろん、雰囲気も背格好も何一つ覚えていない僕よりは小さかったが

ただ彼に言われた「俺、あの小柄な方な」と言うセリフだけは覚えていて、それが何を意味するのかはその時にはわからなかった。僕はその頃まだ女性と言うものを知らなかった。

海岸でたわいの無い話をして次第に二つの組が別々に行動した。が…期待を裏切るようで申し訳ないが。そういった艶っぽい話は何も無かった。

次の日早く僕は見附島、別名軍艦島を見に行った、「軍艦島」という名称、俗称の島は全国にあるらしいが、そういった先入観無くこの島を初めて見た人でも「軍艦」という印象をもつだろう。

その島とは浅瀬になっていて潮が引いている時は石伝いで近寄る事もできるらしいがその時は少し潮が満ちていて渡る事は出来なかった。

その島の全貌が見えるところでスケッチを描いた。潮の匂いを運ぶ風が気持ちよくしばらく僕は時間の経つのを忘れた。

民宿へ戻るともう誰も居なかった。

女将さんが戻らない僕を心配して捜しに出ようかと思ったらしい。

女将さんは女子大生から手紙を預かってくれていた。内容を詳しく覚えているわけではないが彼女の住所が書いてあった。

どういうわけか彼女は四国の徳島出身だった。

その民宿にもう一日泊まり昨日の夜の場所でスケッチをした。

朽ちたような船が幾つ浜に打ち上げられて漁村の名残はあったがそれが町の財源と言うのではなさそうだった

その日の夜のメニューはどういうわけかハンバーグだった。

二日続けての魚料理は申し訳ないと思ったのだろうか、どちらかと言えばそういう食品会社の既成のメニューより焼き魚の方が嬉しかったのだが

八月も終わりになると観光客もめっきり少なくなるらしくその日の夜の民宿は静かに更けて疲れた身体をしっかり休める事が出来た。

次の日朝食の後、僕のこの旅の一つの目標である「禄剛崎」へ行くまでの道を調べているとそこで賄いをしている人がバスが良いと教えてくれた。

観光バスではなく地元の路線バスで1時間に1~2本しかないがゆっくり回れるしどうせ空いてるから必ず座っていけると言ってくれたのでそうする事にした。

バスの時間まで30分ぐらいあった。

その30分でバス停のスケッチを描いた。賄いのおばさんの言うとおり誰も並んでいる人は居なかったが、そのうち女性のグループが黄色い声を上げてそのバス停に並んだ。

「もうすぐ来るよ」とか「後何分?」とか、とにかくかまびすしい

僕はバス停のスケッチを切り上げ彼女らの後ろに並んだ。

バスに乗ってからも彼女らの「騒ぎ」は収まらずピーチクパーチクとやかましいが、彼女らと僕以外の客は数人で、その人たちは彼女達の騒ぎなど意にも介してない様子だった。

停留所と停留所の間が長い路線でほとんどノンストップでバスは走った。その内、山道から日本海が展望できる場所に出た。

女性グループの一人が「わあきれい!」と言った時信じられない事が起きた。

急にバスが道の脇に止まり運転手が言った。

「写真…撮る?」

「え~いいんですか」とグループの一人が言ったがすでにカメラを手にしてる人もいた

わずか数分の事だがしばし写真撮影会になった。もし都心や例えば神戸でこんなことしたら始末書もんだろうと思ったが、それ以後僕はこのバスのペースにあわせる事にした

途中荷物を持ったおばあさんが手を上げると止まって乗せた事もある。もちろんバス停以外の場所で

そんなこんなでかなりバスは遅れた…のかと思ったら定刻どおりについたらしい。はなからかなり時間に余裕を見て走らせているのだろう

そして僕は能登半島の先端「禄剛崎」に着いた。

※ 各土地へのリンクは無断でしてますので適当な時期にはずします

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LOVELOVELOVE

LOVELOVELOVE

届きました

まだ全部は読んでませんが味わってゆっくり読みたいと思います

ところで…

だれか俺にも愛をトラックバックしてくれ~~~~!!!

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男の人の服って

Aaa2 ダンスによっては燕尾服みたいなの着る事あるの?

先日描いた習作

ちょっともったいないので描き上げました。

顔はデータが無いので完全に想像です

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大丈夫か日本

日本海がきな臭い、韓国と竹島をめぐっての対立である。

ノムヒョン政権がレイムダックかどうかは別として韓国は国民、マスコミ、政府、政治家、教育者、全てが日本憎しの論調である。

日本の国旗を燃やしたり、小泉さんの写真を燃やしたりと、いつもの行動に見ている日本人は辟易としている。

韓国のそういった行動は日本のナショナリズムを警戒しながら、現実は煽ってしまっている。

韓流ブームとか言って韓国のドラマや俳優が日本に来て笑顔を振り撒いているがその笑顔が「本当なの?」と疑ってしまい、最近は心の底から楽しむ事は出来ない。もともとほとんど見ないが

同時に日本の政治家と官僚、国民、マスコミが韓国と比較して一枚岩なんだろうか?と思ってしまう

中国の故事に、仲の悪い兄弟のことを知った悪人がその隙に乗じて盗みに入ったが兄弟は力を合わせて悪人を撃退した…ってのがある

自民党も民主党も共産党も…一応社民党も

国家の大事に足を引っ張り合っているように見えてしまう。

官僚は省と個人の存続のために居るようで行動に説得力が無い、今回の谷内氏も果たしてどれだけの交渉ができるのかはなはだ疑問である。おそらく問題の先送りでお茶を濁すんでしょうね

朝日新聞の論調などはこれが日本の新聞なのと思ってしまうほど韓国側の意見を肯定している。戦時中日本士官の捕虜100人切り(捏造)を誇らしげに掲載していた新聞とは思えない

報新聞と揶揄される所以である。かといってサンケイ新聞の論調もちょっとなあ…

戦争は嫌だしどんな事があろうと避ける努力を最大限にするべきだが同時に自国の領土を掠め捕られるのを防ぐのは軍備でしかない。

日本海にイージス艦を含め22隻の自衛艦が終結し22日(土)の見学会は中止になる場合があります」と言う海上自衛隊の公示が日本海の緊張を物語っている。

自衛隊を解散することが本当の意味での戦争放棄と言った社民党福島瑞穂のロマンチックな発言が三流芸人のギャグより笑えない発言だと思ったのは俺だけではないだろう

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ダンスする男の人って

習作で描いてみましたが…

ダンスする男の人って

なに着てるの?? Dance_3

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出版社のありかた

神林広恵さんのブログによるとあの「青木家」の長女が書いた本が20万部も売れているらしい

果たして本当に彼女が書いたのかは疑わしいが、例えそうであってもテレビの影響ってすごいなあと思う。

今本屋さんへ行くとタレント本がすごい。お笑いからこんな人までというのがある。

必ず本のタイトルにそのタレントの名前がつくのでファンの人は買うのだろう。

それって普通のドラ焼きにドラえもんの焼き印を押して「ドラえもん焼き」と言う名称で売るのに似てる。

そういう商売、実は嫌いではないがあくまで小さな店舗がコソコソとやるところに面白さと健気さがあり、大手出版社がそれをやるのは読者を馬鹿にした犯罪的行為だと思うのだ。

誰かが言ってたがミリオンセラーとまでは行かないまでも「売れる本」を作るのは簡単だという。

有名人の冠でテレビ局とタイアップし初版10万を書店に平積み山積みすれば放っておいても数は稼げるらしい。その場合内容はゴーストライターに任せたほうがいいと言っていた。

「青木家」の長女の本はまさにその典型なんだろう。

読んだわけではないし、読むつもりも無いが出版社とテレビ局の企業戦略に乗っかって長女の人生を晒し者にして金を稼ぐ家族の笑い声と、出版社の高笑いがダブって聞こえてくる

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身体の調子が悪い…

一ヶ月に一週間ほど必ずこう言う時期がある。

ずっと飲んでる薬さえ全く効果がないように思えてしまう

肺の機能が低下しているためで慢性的な酸素不足に陥っていて、それがある時期一気に出て動けなくなってしまい、深呼吸をしても酸素が身体の隅々に行き渡ってないのがわかる。

血流シンチ、酸素シンチの値が40しかないらしい…健常者はひどい風邪を引いた時でさえ60ぐらいあるらしい

インターネットをしてる場合ではないのだが完全なネット中毒になってしまっていてパソコンが起動して無いとなにか物足りない。

もう死ぬより他に生きる道はないのだろうか…

ああ、健康のためだったら死んでもいい…

ユヅキ姉さんがブログを更新している。

またまた「ケンカネタ」である。

でも今回のケンカは姉さんのマネージャー君の話、どうやらかなり喧嘩っ早いようだ。

それでも大人になるとケンカしなくなる。

「まあまあ~」という妥当なところで手打ちというのが大人のケンカなのだ

男としては胸くそが悪くなるが、おそらくマネージャー君もそんなオトナになるだろう。それでいいと思う。普通の社会人はケンカなどしない。腹が立つたびにケンカしてたら寝てる時以外はずっとけんかしてなくてはならなくなる。

結婚して守るものが出来た時、守らなくてはならないものが出来た時、喧嘩なんかやってられない。ケンカが発生しそうな場所からは逃げれば良い、近づかなければ良い。

ユヅキ姉さんのようにわざわざケンカを買いに行くなんてもってのほか、君にはもっとする事があるだろう。姉さんの言うように本を読め、人と話せ、全てにおいてスキルを高めろ

船に乗っていると「板子一枚地獄の底」というある種刹那的な生き方が身についてしまうのかもしれない。

でも世の中には死ねる幸せと死ねない不幸もある。

オヤジ狩りにあって謝るのはかっこ悪いことじゃない、かっこ良い事なんだとわかる大人になれ

でも、どうしてもやらなくてはならなくなった時、姉さんのようなケンカはするんじゃない。相手を理論理屈でねじ伏せて悦に入るなんて男のする事じゃない。

相手の胸倉をつかんで店の裏方へ連れて行きそこで叩きのめせばいい。その時顔面をつかんで後頭部をコンクリートに叩き付けるような事はするな、顔面の方をコンクリートに叩き付けろ、そうすればまず相手が死ぬ事はないし、それからしばらくその相手は朝、鏡で鼻の骨の砕けた顔を見るたびに後悔するだろう。それでいい。

過剰防衛なんてことを気にするぐらいならはなからそんな場所へは行くな、そんなケンカはするな

俺は男には惚れた女性を抱きかかえてベッドに運ぶ力と自分を守り家族を守れる力があれば良いと思っている。

腕力と知識と経験を上手く使う男がかっこいいオトナなのだ。

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一人旅のススメ その2

次の日は早い目に出ようと思っていた。昨日のような事をしてたのではスケッチブックの全てのページを埋めるのに何日かかるかわからない。

そう思って8時には出るつもりだったのだが旅館の女将さんが朝食を用意してくれた。

前の日の食事の時、聞かれるまま一人で旅行をしてるわけを話したのが印象を良くしたのかもしれない

話の中で「若いっていいわね~」と何度も言っていた。

「女将さんもまだ若いじゃないですか」と言うお世辞を言うにはまだスキルが足りなかった。それでも「女将」と言うにはまだ若く、とても小学生の子供が居るようには見えなかった。

朝食といっても魚の焼いたのと味噌汁と海苔、いわゆる定番のメニューだが美味しかった。北陸は関西エリアになるのだろうか納豆は出なかった。それもありがたかった。

子供たちは残り少ない夏休みをより楽しむために既に遊びに出ていた。結局旅館を出たのは9時をだいぶ回っていた。

宿泊費は千円札一枚と小銭を払った記憶がある。もしかしたら千円札を払って小銭のお釣を貰ったのかもしれない。

女将さんの「気をつけていくのよ」と言う声を背に僕はまた旅人になった。

その日は七尾から和倉へ行く事にしていた。

途中の幾つかの駅で降り、駅舎やその周りの町並みをスケッチして和倉を目指したが、一旦電車を降りると次の電車まで1時間以上あり、それがちょうどスケッチをするのに良い時間だった。

本来ならキップは「途中下車前途無効」なので途中の駅から外へ出る事は許されないのだが駅員に事情を話し、駅近郊でスケッチをすると言う条件で許可を貰った。

人っ子一人居ない駅もあったがそれはそれで長閑で精神がほぐれて行くのを感じ取る事ができた。

和倉で降りるとまず泊まるところをと、国民宿舎に電話を入れた。最初かなり強い方言の方が出て意思の疎通が出来なかったのだが、しばらくすると標準語に近い言葉を話す方が出て、大部屋とはいえその日の宿を確保する事が出来た。

寝るところさえ確保できれば後の行動はかなり自由になった。

小さな漁港の突堤に腰を下ろし何枚かのスケッチを描いた。

その日は天気がよく碇泊する漁船の陰影がはっきりし、描いた絵もコントラストの強いスケッチになった。

波の音と遠くの汽笛、鳥の鳴き声、潮の匂い、それらが一体となって記憶に刻み込まれている。一つの幸せな時間だった。

国民宿舎についたときあたりはもう真っ暗になっていた。

大部屋と聞いていたが、大部屋と言うよりたぶん宴会とかそういったことをする大広間だった。

20人ほどが幾つかのグループに分かれ、あるものはトランプをし、あるグループは麻雀をしていた。

かなり大きな声を出しているのだが部屋が広いためそう気にはならなかった。

荷物の整理をしているとおばさんがやってきて食事をしたのか聞いてきた。

食事の時間は過ぎていたのだが「残りものなら」と、用意をしてくれた。

今思えばこの旅で僕はさまざまな人の好意を受けていた。

食事は僕一人ではなく女子大生二人も一緒だった。

さっき麻雀をしていたグループの仲間で遅れて到着し、彼女達が食事を頼み込んだらしい、僕はそのお相伴に預かっただけなのかと思ったがそれでもありがたい事には違いなかった。

彼女達から話し掛けてきた。内容はたわいも無い話である「どこからきたの?」「一人?」「一人旅ってさびしくない?」…僕が一つ年下なのを知ってカサにかかっているようだったが、悪い気はしなかった。

食事が終わり彼女らの「仲間」に紹介された。東京の大学に通うグループらしい、しばらくその麻雀を見学する事になった。

正直「下手」だった。笑うほど…

レートを聞くと掛け麻雀なんかしないと言う、きっと育ちの良い人たちなんだろうと思った。

旅行のルートを聞くと僕と正反対のルートで来たと言う。そこで泊まるところを聞くと珠洲に民宿があり奇麗で安いと言う。その民宿のマッチまでくれて、次の日の泊まるところはその時決まった。

次の日その人たちの方が早く出発していて大広間に寝ているのは僕だけだった。

急いで用意をしようとすると昨日とは別のおばさんが「そんなに急ぐ事は無い、朝食も今から用意するから」と言ってくれた。

何もかもがゆっくりとしていて時間に自分を合わせるのでなく時間を自分に合わせているようだった。

その日も天気がよく僕は穴水から珠洲を目指した。

和倉から穴水へ向かう電車は海沿いを走る。

少し走ってはトンネルに入るがそのトンネルもトンネルと言うには申し訳ないほど短い、それで結局途中の駅で降りることなく穴水についた。

これといって見るところは無かったが何枚かのスケッチは描いた。ただあまり記憶には残ってない。

身体が疲れてきていたのだろうかかなりモチベーションが下がっていた。

そのまま珠洲まで行き前日の東京の大学生の言う民宿に連絡を入れ部屋を確保した。

その夜、荷物の整理をしていると部屋の外でひそひそと話す声がする。

誰だと思い戸をあけると

「やっぱりそうだ~!!」と言う黄色い声で言われた

そこに昨日の国民宿舎の女子大生がいた。

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一人旅のススメ その1

18歳の時、絵の学校へ行き始めたその夏

イラストレーションの夏休みの課題で「スケッチブックをいっぱいにする」と言うのがあった。

厚手の用紙ではなくやや薄めの用紙を使ったスケッチブックなので7~80枚あったと思う

それとは別に「四季」と言う課題を出されていたので「え~?二つも」と言う気もしないではなかったが、「先生」の言う事は絶対で従うしかなかった。

僕の家はあまり裕福ではなかったので夏休みの前半はデパートのお中元アルバイトで過ぎた。

もちろん課題はイラストレーションだけではないのでかなり忙しい思いをしたが、なにしろ自分の好きな事をやっているので何の苦痛も感じなかった。

アルバイトが八月の半ばで終わり、それから生まれてはじめての「一人旅」に出た。

今の時代なら海外へでも行くのだろうが当時はそういう時代ではない。何しろハワイが「夢のハワイ」という冠がつく時代、海外などは思いもつかなかった

計画は北陸能登を一周する事にした。旅館やユースホステルは一切予約せず、行き当たりばったりの快速電車と急行を乗り継いでの旅だった。

それで最初に着いたのが福井駅…出発が遅くなり夜中に着いたので駅の待合室で寝る事にした。エアコンが効いた待合室は僕以外にも7~8人の人がおそらく一番列車を待っているのだろう、本を読んだり、既に寝入ってたりしてる人もいた。

そんな中僕はバッグを枕にしてベンチで寝た。

バッグの中は着替えの他に画材が入ってたので少しごつごつしたがそんな事は言ってられなかった

朝方になり人の動きで目がさめると斜め前にかなり酔った中年の男女が酒を酌み交わしている。

一升瓶はもうほとんど空だったように記憶している。

そのうち女性の方が周りの人にも酒をすすめ出した。「あんらも一杯ろう」ってな調子だ

そこにいた人はていよく断り、ついに僕に回ってきた。

「僕まだ未成年なんで」と断ったが相手の目は完全に据わっている。

「やば!」と思ったが結局何も無く次の人に移って結果的に事なきを得た。

前にいた見知らぬおじさんが「クスッ」と笑ったような気がした。

その日の計画は東尋坊でスケッチするつもりだった。

でもそこへいくととてもスケッチどころではなかった。あちらこちらに「お母さんは電話を待ってるよ」とか「とにかく止まれ、考え直せ」というような自殺を思いとどませようとする立て看板がひしめいている。

その日は少し曇っていてその灰色の雲と岩肌が妙なコントラストになってスケッチするどころではなくなってしまったのだ。

結局東尋坊ではうろうろと歩き回るだけで、何も得る事は無かった。

なんだか気勢をそがれてしまったが、次に僕は金沢の駅で降りた。

例によって当ても無くうろうろと歩いていると少し景色の違うところに出た。

出たと言うより迷い込んだと言う方があたっているかもしれない。窓には細い格子がかかって昭和の初期にタイムスリップしたのかと思える町並みだった。

どうやら遊郭の跡らしく、その当時も芸者置屋として成り立っていたところがあるらしい。

そこで雨が降ってきた。夕立のような土砂降りではなかったが傘が無ければ風邪を引いてしまうような雨だった。

僕は元の場所に戻ろうとしたがそこから出られなくなってしまった。

まっすぐ行って右へ曲がり、もう一度曲がると、今居た場所に出てしまう。映画の迷宮のように同じと頃をぐるぐる回っていた。

こう言うといかにもウソっぽく聞こえるが事実なのだ。そして僕がとてつもない方向音痴だということもまぎれも無い事実…

タバコ屋だったか米屋だったかに詳しく聞く事によって無事そこを出る事は出来た。

聞いたところでは金沢のそこは京都のように格子型に町を区切るのではなく少し放物線を描くように町を区切っているらしい。

だから自分がまっすぐ歩いているつもりでも少しずつ方向がずれていて迷うのだと言う。

それは遊郭の女郎が少しでも足抜けしにくくするための工夫だったとも聞いた。

小さな出来事に哀しい歴史が隠れているのかもしれない

その頃になるとそろそろ泊まる所を捜さなくてはならなかった。雨に濡れた身体も夏とはいえかなり冷えていた。

昨日はベンチで寝たので今日は布団で寝たかった…が、金沢で調べた旅館はどこも半端じゃなく高かった。普通の旅館と観光旅館の違いを当時の僕は知らなかった。

結局場末の旅館に泊まった。別に男女がそういう目的のために泊まる旅館ではなく今で言う「ビジネス旅館」の範疇に入るのだろう。

風呂も小さく水道の水を沸かし、温泉の素を入れたものだった。

それでも冷え切った身体にはありがたかった。

食事は付いてない条件だったがどういうわけか食べさせてくれた。

そこの家族、小学生低学年と高学年の子と一緒に…なんか拾われてきたネコのような気分にもなったが、とにかく持ち金が少ないので節約できるところはしておきたかった。

その日は結局何も描けずに一日が終わってしまった。

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一人ぼっちのススメ

ある有名人のブログに一人で食事に行く事に抵抗があるって記事がありました。

有名人が故の悩みなので僕の立場とは比較できないのですが「なぜ?」と言う疑問符がつきます。

大勢の友人と食事するの、それはそれで楽しいです。飲んで騒いで食って…

そんなに大勢でなくても、恋人とか愛する人と過ごす時間、その間何もしなくても、一緒にテレビを見るわけでもなく、政治について議論を戦わせるわけでもなく、何にもしないダラダラした時間に価値があって一緒にいるだけで楽しくて…そんな時間もすごくイイ

でも喧騒の中の孤独を味わう…それはそれで楽しいです。

行き交う全ての人が目的を持って歩いているのに自分の時間だけを止めて無為な時間を過ごす…

一人美術館へ行き、一人レストランで食事をし、一人カフェテラスでお茶をする

その日の献立は考えずに、明日のお弁当のことも、病院の健康診断のことも考えず自分のためだけに時間を使う…これってすごく贅沢な事だと思います。

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人の思い違い、言い間違いは

人の思い違い、言い間違いは面白い

コングBAさんの天然さんの「英雄を好む」は大うけした

なんか特殊なプレイかよと思ってしまった。

そういうのって良くある

姪は小さい時ピンクレディの歌の「♪乙女のピンチ~」を「♪細めのピ~チ~」と歌ってていまだにそう歌ってる。

童謡「小さい秋」の出だしを「♪小さい秋…」で歌いはじめるとすごく間の抜けた歌になる。

甥はお正月の歌の話題で

「ねえねえお正月の歌の題何だっけ」

と言う姉の問に

「もういくつ寝ると~ってやつ?」

「そうじゃなくて…年の初めの…ではじまる」

そこで甥が

「ああ、マツタケ立てて…って言う歌?」

???????…門松…じゃなかったっけ…」

「何で正月にマツタケ立てなあかんねん」

…と一同大笑い…でも…実は甥の方が正解だったのです

「年の始めの ためしとて 終りなき世の めでたさを

松竹立てて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ」

いまだに彼はその時の事を恨みに思ってます。

因みに題は「一月一日」

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いざなぎ景気以来の好景気らしいです

うそつけ~!!!

良くそんな事が言えたもんだ。

どこのどんなデータを引っ張り出して、どこまで都合よく膨らませたらこんなことが言えるのだろう

財務省の官僚の「手前味噌データ」をそのまま流用してこんなアホなコメントを出してるのだろう

100の景気が30まで落ち、徐々に上がって70まで回復したとでも言えば納得するが30の景気が70まで上がったと言うところだけを切り取って「景気回復」なんて言う政治家のアホさ加減には開いた口がふさがらない。

ヨーロッパの国と比較して消費税率を上げる話をする政治家、本当に勉強して言ってるのか?

ヨーロッパの国の基本生活費がどれぐらいか、電気代、ガス代、水道代、電話代、家賃、その他もろもろの合計が日本とどれぐらい違うか。

リタイア後に国が面倒をみてくれる生活レベルの違い、日本の取れる時に取るだけ取って老後は自己責任、自助努力、そんな詐欺みたいな国家ってあるのか?

富裕層、大企業への優遇税制、セレブの奥様達がLOHASにこだわっている時に母子家庭が首をくくる。

「万骨枯れて蒋成る」の言葉どおり一部の栄華のために大部分が辛酸をなめる

官僚と政治家は、制度をヨーロッパと比較し庶民を開発途上国と比較する。

彼らにとって都合のいいとこ取りの制度改革、

いつかこの日本は官僚と政治家だけがひしめく国になるような気がする。

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MASAYO’sHISTORY

19歳の頃大きな病気をして5年間の入院を経験した

それでも2年目ぐらいからかなり回復し身の回りのことはできるようになったのだが、それだけに時間を持て余し、何かしようと思い絵を描く事にした。

元々絵の学校行ってたし

マンガの同人に入ってたのもこの頃の事である

絵の具だとパレットとか筆を洗わないといけないのでインクで描いてました。

描いた作品を今で言うフリーマーケットのような所で売ったこともあります。その時はかなりの売上になり数万円稼ぎました

「俺の絵って売れるんや~」と思いましたね

ホルベインのカラーインクを少しずつ揃えて…退院する時は「入院してて、なんでこんなに荷物ががあるのよ」って姉に怒られるぐらい画材が揃ってました。

何しろ足掛け5年の入院、半端な量じゃなかったですね

退院後しばらく自宅療養の後レザークラフトの店でアルバイトをし、少しは自分の能力を生かせる事ができる仕事に就きました。

僕が作った革の髪止めは作ったら作っただけ売れました。

その後結婚をし絵を止めました。生活のため食品会社に勤めましたが結局結婚は3年で破綻し、その会社も5年後に退社しました。

離婚後画材を送ってくれるよう頼むと既に捨てられてしまってました。(高かったのに)

それ以後は派遣会社に登録し細々と食いつないでます。

10年前からCGを描き始め今はインクとか絵の具を使った作品、いわゆるアナログ作品は描いてません。

パソコンが出始めの頃に比べプリンタの性能が飛躍的に向上したので作品を大きくプリントアウトしてパネルに入れてます。

気に入った作品は保存性を高めるためにプリンタ専用のクロスに印刷しパネルに入れてます。

何点かは売れましたがそれで食っていくのは無理ですね、「印刷」と言う性質上そう高い値段はつけられないです。

今はあるデジタル作品を製品化する会社と提携して売り出されてますが、作品をデータとして預けたら後はお任せなのでまだ収入になつながってません。

三年前に昔の病気が業して多量に喀血し、みっちり働く事が出来なくなったので今は週三日の仕事です。

ただ歩合が付く仕事なので上手くいけばそれなりには稼げますね。そういう点では恵まれました。普通、病気になった派遣社員には「今期の契約はいたしません」のひと言で終わりです。

もし妻や子供がいたりしたら話は違いますが、今の僕的には仕事にも就けて絵も描けるというある意味恵まれた状況です。ただし収入はピーク時の半分以下(三分の一に近い)

将来的には沖縄の宮古島かどこか離れ島に住んで絵を描いて暮らしたいです。ただしインターネットは必須

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室井佑月と神林広恵(敬称略)

僕はその性格上自分の全てを相手に投げ出すと言う事が出来ない。

例えば人を好きなったとして相手に全てを投げ出し相手の人生が自分の人生になってしまう事など考えられない。

まず自分という人格があって、自分の人生があって、その上でさまざまな人の人生と重なり合う部分がある。

その重なる部分には学校の先生だったり友人だったりブログ仲間だったり愛する人だったりする。

なかには妻であったり子供であったりもする。近所の八百屋のおじさんや魚屋のおばさんとも小さくではあるが重なる部分がある。

その重なる部分が大きいほど自分の人生に影響を受ける割合が高いと言う事だ。それでも決して自分が他人にすっぽり包み込まれてしまう事なんてありえない。

そこは神林女史のブログで言うユヅキ姉さんの意見に限りなく近い。円を二つ書いてというところ、俺は円のところはセックスの話ではなく男との話だと理解した

あくまで「己」があって「他」がある。その「他」が自分の全てを飲み込んだりする事は絶対に無いしあってはならない。

室井佑月という女性は魅力的だ。と言っても僕が知ってる室井佑月はテレビに出ている目じりにちょっぴりある小じわと、笑うととっとこハム太郎の可愛い目になる室井佑月しか知らない。

テレビに出ている室井佑月は彼女の何%を晒しているのだろうか、もしかしたら全くの別人格を演技しているのかもしれない…たぶんそういう器用さは無いだろうが…

結論を言うと僕は室井佑月の何をも知らないのだ。

そういう人に対しこちらが盲目的に「信者」になりえる事はなく、そういう「信者的」存在はビジネス的にはOKかもしれないが室井佑月個人としてはある種の「ストーカー的気持ち悪さ」を感じるのではないだろうかそうでないと本は売れないのだろうが

神林広恵は何を書くにもデータ不足だ。

でも「噂の真相」でかなりやばい事を16年もやってきたと言う事は、かなり腹が据わった女性だとも思える。

その彼女が自分の円がすっぽり男の円の中に入ってしまう室井佑月の話を否定しないところに彼女の危うさを感じてしまう。

限りなく強い女と限りなく弱い女、その矛盾する人格が彼女の中でどう整合されているのか興味がある。

もしかしたら彼女の中の人格は少しずつではあるが壊れて行きつつあるのかもしれない

別の言い方をすると強い女で右へ振れ過ぎた針を弱い女である事で左へ振り戻してバランスを取っているのかとも思ってしまう

この二人、本人達は反発しあってるみたいだが男の俺から見ると「なんか似てるなあ」と思ってしまう。これはたぶん怒るな

こう書くと「ケケケMASAYOというわけのわからないおっさんが、わけのわからない事言ってるぜ、ケッ」と言われてしまうのだろうか…

それはそれで言われて見たい気がする←ああ、だから390X氏に「熱い室井佑月」信者と言われてしまうのか

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修理に出したタグホイヤー

3月12日におかしくなって修理に出した時計が治って…ではなく新品に交換してくれました。

5ヶ月で全く動かなくなって買ったところへ連絡を入れ修理する事になったのだが部品が無いため3ヶ月かかると言う

まあ仕方ないかと思ってたのだが店の担当の子(25~6の男子)がメーカーと交渉してやはり5ヶ月で壊れるのは…ってことで新品交換に話を持っていってくれたらしい。

事実実質使ったのは述べ2週間ぐらい。ふだんは軽いロンジンをはめてます

買ったのは新宿にある百貨店の時計売り場

僕はブランド物は絶対に量販店や安売り店では買わないのでいくぶん高くついたがそういうサービスの面でやはりきちんとしてくれるところが良い

並行輸入のヨドバシやドンキホーテ、ダイクマはたぶんかなり安く手に入るが新モデルを置いてない場合が多いしアフターもチト心配、ヨドバシはPCパーツを買った事がありきちんと対応してくれましたけど。

ドンキ、ダイクマは客としては入った事も無いので実際のところはわからない

断っておくが僕はひと言もごねたりはしてないですよ、と言うかその店は自分の関係する人の取引先なので、ごねられないのです。

それに変にごねると店の人も意地でも修理にしてやる。と言う事があります(僕の経験上)五ヶ月と言えど使用してるわけですから普通なら修理です。

その帰り別のデパートで「紳士服大市」ってのをやってたので覗くと昔一緒に仕事した事がある女性がいた。

「あら~ん、ひさしぶり~ん」ときていきなり「太ったね~」だって…太ったけど…

結局スーツを一着買った。その値段がなんと…12880円、「じゅうにまん」ではなく「いちまんにせん」なのだ

価格破壊もここまで来たか!!!と言われて久しいが

物を見ると決して悪くは無いようなので買ってしまった…というより「太った」ので今までのスーツが全て入らなくなってしまってるのだ

それにしてもスーツが12880円…バブルの頃ならスラックスの片足分でももっと高かったぞ

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あららら 売り切れ!!!

LOVE LOVE LOVE・・・売り切れです

因みにランキングが35位だって…(^^)

訂正   すまんまだある!!!

だから皆も予約しよう!!!

いまならスーパースペシャルダイナミックキャンペーン(ウソ)で姉さんのサイン付だよ(これはホント)

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ちゃんと読んでくれてるんだ~

我が友390X氏の名前が神林女史のブログに出てきた。

ユヅキ姉さんに言わせるとどうやら彼は神林女史の味方らしい。

別に姉さんと神林女史が敵対関係にあるわけではないだろうがともかく姉さんはそう思っているようだ。

でも

「当たり前だろ。ケケケ。でもあの390Xちゅうのだけは神林の見方だよ。ほら、アタシの本だっておかしな読み方してる。ケッ」

の最後の「ケッ」ってには余分だと思うがこれは神林女史がイメージで付け加えたのだろう

姉さんが我々のブログ記事を読んでくれているんだとわかっただけでも俺はちょっとうれしい

でも、姉さんがマンションを衝動買いしたときの俺の記事も読んだのだろうか…俺は後先考えず記事を書くのでちょっぴり後悔する事がある

でもまあ、間違った事は言ってないつもりなので…ま、いっか(^^)

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ブログ一周年

ブログをはじめて一周年、はじめはYAHOOのブログを使ってたが僕的にちょっと使いにくいので一ヶ月前にココログに変えた。

ブログはウェブログの後ろを取ってブログと言う、直訳すると蜘蛛の巣の記録と言うことか?

でもそれはちょっと変なので蜘蛛の巣を「人とのつながり」、記録を「おしゃべり」と訳すると何人かの人が輪になってクッチャベッてる光景が見える。

つまりそれは井戸端会議なのかもしれない、その井戸端会議には誰でも参加でき他を排斥するようなことは無い、気が向いた時だけの参加でもいいし、入りびたりでもいい、主人は無くそれぞれのブログの管理人全ての人が主人公なのだ。

他人と関わるのが苦手な人はコメントやトラックバックを出来ないようにすればいいし、コメント欄を設けても「コメントに対し返事をすることはありません」なんて自分勝手なルールもありなんだ。

コメントを書くほうもそれがわかってて書くので文句も言わない。

ある人が書いた記事に対して「それは違うぞ」とか「俺もそう思う」とかの記事を書いてトラックバックなんて技もある。

中にはブログのアクセス数向上を至上の命題にしている人もいる。広告でお小遣いをなんてのもあり、カミングアウトから虚構の世界、右翼、左翼、中には失語症の人や対人恐怖症の人もいるかもしれない

そういった正邪玉石、何もかもを抱擁し包み込んでしまうのがBLOGなのだ。

ブログの中では人に対する寛容さが増す。文章に(^^)/なんてのをはさむと言ってることが「冗談交じりだな」とわかる

口下手でけんかに負ける人でもブログの中では対等に渡り合える。キーボードは剣より強いのだ!!

こっぱずかしい(すごく恥かしいの意)恋愛トークもブログ上でなら出来たりする。

今日書いた記事にコメントが付き、そのコメントにまたコメントを書く…それが延々と続いて…交換日記のように…そうだブログは交換日記と言えるのかもしれない

アキとマキの交換日記なのだ!!!←知ってる人はそれなりの年齢の人

掲示板のように荒れることもめったに無い、そういう目的の人のアクセスを禁止にすればいいだけの話なのだ。これは他を排斥と言うのとは違い一種のセキュリティなので許されなければならない。

匿名性は犯罪と隣り合わせにある。哀しいことに悪意を持った人は必ずいて若い女性のブログに成りすましが接近して…何てこともある

トラックバックされている先を見たら「サイトが変わりましたこちらへ」なんて案内がありクリックすると「ご入会ありがとうございます」ってのもあったりする。

今となっては古典的だが引っかかる人もいるんだろう。だから最近MASAYOのルールなんて物を設けました

何はともあれブログがダイヤルQ2の二の舞になることは無さそうなのでまずは一安心

今日もブログを巡るMASAYOなのだ

追記  ダイヤルQ2は当初有料データ送信に使われる予定ではじめられたのですがアダルト業界がそのシステムに目をつけ価値の無いデータでQ2料金を騙し取るという本来の目的とはかけ離れたものに育ってしまいました。NTTもその片棒を担いだ罪は大きいと思うのですが結局一部を除いて法的に罰せられることは無かったです

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怪獣はガメラだ!!!

いい年をして…と笑うなら笑え、僕は怪獣ガメラが好きだ

ゴジラも悪くは無いが東宝のゴジラはそれ以外の怪獣も含め無敵すぎる。

対地ミサイルが当たろうが120mm滑空砲が当たろうがびくともしないのには僕が子供の頃から「こんなの変だよ」と思っている

「ゴジラの逆襲」だったかで東京タワーでゴジラの暴れる様を実況しているアナウンサーが東京タワーもろとも崩れ落ちる時「皆さんさようなら~」って言ってたけど

それを見て「アナウンサーって大変な仕事なんだなあ」と思いながら子供心に「うそくさー」とも思っていた。

ガメラもゴジラに負けず劣らずうそ臭いところはある。でもゴジラは高層ビルが建つにしたがってそのビルに比例して巨大化してるのに対しガメラは60mというサイズを守っている

F15のミサイルを受けてガメラが落ちたり、ガメラ2のレギオンが身体の一部を落とすのにもゴジラには無いリアリティがあるし、「イリス覚醒」で渋谷の上空をギャオスを追って大混乱に陥れギャオスもろとも人間が焼き殺されるところも残酷だがリアルさを感じる

ギャオスの糞から人間が掛けていためがねが出てきたり、電車の中でサッカーのサポーターがつけていたヘッドホンが残されていたり、細かいところにこだわった演出が見ている人をストーリーにひきつける

セットの作り方やCGもゴジラより上だ、渋谷駅が崩れるシーンなどはハリウッド映画の上を行ってるし、京都が焼け野原になるシーンも映像的な美しさを感じる。

更に言うとゴジラはその何匹(何頭)かは死んでいる。それで十数本作るのには無理がある。主人公の怪獣は唯一無二で無ければいけないのだ。

もう一つゴジラには必ずと言っていいほど「特殊な武器」が登場する。メカゴジラであったり、オキシ=ジエン=デストロイヤー であったり、そこにご都合主義が見え隠れする。

もちろんガメラにもおかしなご都合主義はあるが僕はガメラファンなのでそういったところには目をつぶるのだ。

ただしガメラの中で一つだけ許せないシーンがある

マッハ文朱が未来人だか宇宙人だかで出てる作品

彼女がビルの屋上で仲間の二人に言うせりふ

マッハ「さあ、急いで今から行くのよ」

仲間「どうして?」

マッハ「どうしても」

僕は思わずマチャマチャになってしまった「はあ~~~~っ」

仲間に「どうして?」と聞かれた応えが「どうしても」って、だったらここのシーンいらんやろ

いろいろ矛盾もあるし瑕疵もあるがやはり怪獣映画と言えばガメラなのだ

近々ガメラ小さき勇者達が封切られる。すごく見たいのだがいいオトナが見に行っていいものか二の足を踏んでいる。

今年の暮れぐらいにはスカパーでやるだろうしDVDもすぐに出るだろうし…

この作品はガメラがガメラになるまでのストーリーなんとなくハートウォームな話だと思う

でも、おれはイリス覚醒の続きのガメラ4が見たいぞ!!!

  

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LOVELOVELOVE

いくぶん落ち着いたところで本の話  LOVELOVELOVE

昨日は冷静を装いながらちょっと浮かれていたので本に関しての記事は書かないようにしてた。

浮かれた気分で書いたりしたらろくな事が無い

…で LOVELOVELOVE

に僕のラブレターが掲載される。はずかし~~~~…くは、あまり無いのだ

30年も前の恋だ、彼女の子供がその頃の彼女の年を追い越し、おそらく孫もいるだろう、そんな恋の話をするのはいくぶん切なくはあるが恥ずかしくは無い

恥ずかしいと言うより、もし彼女がこの本を手に取って、この記事に目を留めたら書き主が必ず僕とわかるところが幾つかあるので、どんな反応をするのか、そっちの方が楽しみと言う「いたずらっ子」的な興味がある

実はこの手紙を書いててちょっと幸せな気分になった。学生時代の思い出が連なって思い出され、いっときノスタルジーに浸れた。

思い出の中の恋は遠くで見る花火に似ておぼろげで儚いのだが、なぜか心を浮きたたせる

人生の黄昏時期に入ろうとする僕の手紙を読んで一人でも、ほんの少しでも幸せな気分になってくれたら、それは僕にとって極上の幸せに他ならない

追記

僕はちょっと人見知りするので皆さん会った時には優しくしてくださいね

追記その2

昨日から室井企画関連のブログをいくつか覗いたがかなりの人が「落選」していますね、それはページの都合上仕方の無いことなんでしょうけど姉さんのコメントで「GOOD」を貰ってる人の中にも掲載されて無い人がいます。

「GOOD」を貰ってるだけにかなりショックを受けてられるみたいですね、「あ、これ面白~い」ってのが「選外」になってたりします。

僕は過去に幾つかのシナリオとか絵のコンテストに応募し、そのほとんど(ほとんどと言うより全部)が「選外」なのでもし今回選ばれなくてもさほどショックは受けなかったんじゃないかなあ「まあ、次があるよ…」ぐらいで

更にネットでは面白くても本には出来ない「ネタ」ってのもあるし(例えばSEXネタ)、数百通の中にはどうしても似た内容のがあったりもして、本全体のバランスを考えると姉さんは断腸の思いで「ボツ」にするしかなかったんじゃないかな、更に更に言うと、「ボツ」にしたのは姉さんじゃなくソフトバンクの編集者でしょ

ってことで次の企画も皆さん参加しましょうね~

何だかんだで一年この企画で楽しめたので次の企画に僕のが載らなくてもOKかな…もちろん載るに越したことは無いけど

  

  

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石立ドラマは面白かった

「おひかえあそばせ」「気になる嫁さん」「パパと呼ばないで」「雑居時代」「水もれ甲介」「気まぐれ天使」「気まぐれ本格派」

と聞いて懐かしく感じる人はかなりのテレビドラマ好きで、ある程度の年齢の人だろう

実は俺はこの中の「おひかえあそばせ」だけには馴染みが無い、

「ただいま同居中」と言うのもあったはずなのだがどのサイトを見てもこの一連の作品の中に含まれていないのはなぜなんだろう

とにかく彼のドラマは面白い、面白かったと言うべきか…いわゆる笑いとペーソスにあふれたドラマと言うのだろう

彼のドラマに一貫する背景に「別れ」と「同居」がある。それは死であったり遠いところへ行くことであったりとさまざまであるが必ず「悲劇」がドラマの中に織り込まれている。

「おひかえあそばせ」はスカパーで一度見たきりなのであまり批評は出来ないが最終回で姉妹の思惑を他所に旅立ってしまうのが「別れ」なのだろう

「気になる嫁さん」に至っては悲劇のオンパレードだ。

自分勝手な家族の中に嫁いできた主人公榊原るみ(かわいい~)演じるメグの夫ジュンちゃんが留学先のアメリカで事故死、さらにハイミスの義姉さよこが好きになったカメラマンも事故死、最後の方で死んだと思っていたメグの父親が生きていて余命幾ばくも無いと言う(それを知らせにきた弟が永井秀和…あの長井ヒデカズではない)

思い出深い家も立ち退きになり家族は離れ離れ…こう書くとこのドラマには悲劇しかないのか・・・と思うが、そこはシナリオライター松木ひろしさんの力で40話をしっかり見させてくれる。今、40話、3クールのドラマを作れる脚本家っているのだろうか

ただ気になるのはこのドラマの中の石立鉄男があまり生かされて無いように思え、彼にとっては前作の「おひかえあそばせ」と次作の「パパと呼ばないでの」ポケットに陥ったような錯覚に陥ってしまう

「パパと呼ばないで」はドラマの中で名作中の名作、その称号でも僕には物足りないぐらいすばらしい作品、1990年頃に作られた「トレンディドラマ」とは正反対の位置にあるドラマと言える

その中で子役杉田かおる(ちー坊)の演技が石立鉄男や大坂志郎、三崎千恵子、松尾嘉代、有吉ひとみ、小林文彦、花沢徳衛、富士真奈美など、そうそうたる演技派俳優に混ざって決して負けることがない演技で見ている人をひきつける

この作品は母親の葬儀でちー坊を押し付けあう親戚に石立演じる右京が「俺が面倒を見る」と言うところから始まる

何だかんだで大坂志郎のお米屋の二階に下宿することになるのだがそこに住む人たちも何だかんだ言いながら人が良い、人情あふれる下町ドラマに仕上がっている

次第に懐いてきたちー坊が酔って寝ている右京の枕元で「おじちゃんおじちゃん」と言いながらそれでも起きないので小さくつぶやくように「パパ」と言うシーンが秀逸

そして「雑居時代」

これは文句無く面白い、一連のドラマと違い「悲劇的」なところが無い、唯一あるとすれば杉田かおる演じる「あまり」が亡くなった妻と大坂志郎の間に出来た子供ではないと言うことか、それでも大坂志郎はあまりをこよなく可愛がっていてそのことが悲劇にはなってない

このドラマのターニングポイントが幾つかある

最悪の出会いをした十一(トイチ)と夏代(大原麗子…美しすぎる!!!)がお互いを罵りながら5話でトイチが自分勝手な稲葉先生(トイチのカメラの師)を罵倒しながら最後は笑って許してしまうのを見て微笑む夏代のシーン

12話で見合いをさせないように仕組んだトイチに稲葉先生の思いを伝えられて「もう許さないあのトンチキ」と怒り心頭の夏代

17話で同じ山でも朝と夕方見る角度によって全然別の山に見えるっていうからな。人間もきっとそうなんだろう。」

「あなたが見てるのはどっちの角度?」

このあたりが夏代の本音

そして21話の最後の方で肉まんを食べるシーン

トイチと夏代の思いがすれ違ったり交差したり、見ているほうはやきもきするのだが最後は大団円…

決してリアルなドラマではないが「あ~こういう出会い」「こういう恋」がしたいと思った人が多いんじゃないかな

30年経った今でも「好きなドラマ」に上げる人が多いのがわかります

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男と女のオカタイ話

ユヅキ姉さんと神林女史のブログで在中国外務官僚の自殺について触れられていた。

お二人にしてはなんとお堅いテーマだと思って読んでたら…なんのことはないSEXの話しかよ!!と思って更に読むとこれがなかなか深い、男と女の根本的な「つながり」の話…と言うのは僕の穿ちすぎか

僕は男でいわゆるノーマルなので人一倍女が好きだ。かといって若い時のように「やりたくてやりたくて」と言うことも無い

男の友人に言わせると「淡白なスケベ」らしい

女の友人に言わせると「だから始末が悪いのよ」とも言われる

一体何の始末が悪いのか俺にはわからないがその女性とどうこうなった関係ではない

俺が援助交際で美人局に会うなんてシチュエーションに成り得ないし、もしなったとして「会社に言われたくないんだろ」なんて金銭を求められても「別に言えば…」となる

そこはユヅキ姉さんと同じ意見である。

SEXは罪悪ではないし、別に条例に違反しない限り未成年とのSEXもOKだと思う、もっとも好きになったら条例なんて関係ないし、した後で「え~17歳なの」ってこともあるだろう

生臭く生きている人間には「ゆすり」は通用しないもんだ。ましてやSEXを生業としてる女性とどうこうなったところを突付かれても痛くも痒くもない(別のところが痒くなることはあるが)

ただ男の俺の立場から言うと国益より自分のプライドが大事だぞ、更に言うと自分の命が大事だ。もっと端的に言うと〔俺〕が大事だ。

それに相手がビデオを取ってもし流したらそれはそれで相手が自分の首をしめることになるということを知ってるぞ

〔やくざの論法〕ではないが一般の人が痴漢を捕まえるためにビデオで現場を録画しても、それを証拠として認められるか疑わしいのと一緒

裁判官なり弁護側は「その痴漢行為が行われているのを知っていながらなぜそれを止めさせようとしなかったか」を突いてくる。

ましてや国が一外国官僚に仕掛けたワナでスキャンダルを入手しても、それをカードとしては使えないと言うことに気が付かない官僚の精神の脆弱さに俺は危機感と苛立ちを覚える

「据え膳食わぬは男の恥じ」目の前のきれいな女の子にベッドへ誘われたら、誘惑に負けるなんていうんじゃなく〔本能〕としてやってしまう。そこで国益やリスクなんか考えることは無いだろ

神林女史は男を〔観念〕で見すぎているのかもしれない

男は生臭く猥雑で、利己主義で傲慢な割に弱い生き物なんだ。だから困ったり返事に窮した時は頭ごなしに罵るしかないんだ

だけど…

「だから女はばかなんだよ」とか「男社会のストレスを知らない」と言う男友達に浮気ばっかりしてるメディアの人間…神林女史の周りにはそういう男しかいないのか?それともそういう男しか集まらない星の持ち主なのか…

人一倍女好きの俺は女性を馬鹿にした発言には怒りを覚えるが同時に男の本質を見ようとしない女にも少なからずイラつくのだ。

かといって決してMなどではなく限りなくSだったりする

ああ、こういうところが「始末が悪い」のか

追記ーユヅキ姉さんへ

五月七日の打ち上げ参加しま~~~~す

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絵の話 その5 ぬるい仲間

僕はその昔入院してる時、漫画の同人に参加してた。

漫画の同人と言っても別にカテゴリーにはこだわらずイラスト、絵本、少女少年マンガ、何でもありのゆるい同人だった。

月一回会報は送られて来るのだがパソコンなんか無い時代、オフセット印刷の後製本されたものを送ってくるのでかなりの時間的負担だったと思う

会誌は24ページぐらいある時とコピーが2~3枚の時と月によってかなり差があった。

会費は月500円だったかで当時のアルバイトの時間給2時間分ぐらいか、おそらく会誌の送料、印刷、製本代で赤だったのではないか、今思うとその時の会長には頭が下がる

2年ほど続けたがある日、女性会員の作品が送られてきた。

正直に言ってあまりレベルの高い作品ではなかった。

当時人気があった萩尾望都さんの絵に市川じゅんさんの台詞回しをミックスしたような作品だった。

なぜこれほどまでに覚えているかには理由がある。

僕はその作品にかなり抑えたつもりではあるが批判的なコメントを送り、次の会報にそれが掲載された。するとその次の会報に僕に対する批判が山のように送られてきた。

そのほとんどが「あんたに人を批判する資格があるの?」と言うものだった。中には「あんたの作品だって独り善がりの自己満足の作品じゃない!!」というのもあった。

「あんたの作品だって…」と言うことはあんたも掲載作品を独り善がりの自己満足な作品と思ってるって事?

台詞回しも例えマンガであってもある程度のリアリティは必要だし、気取りに気取った台詞は見ているものをしらけさせる。

そう言った僕の意見には文章の文法で一つ一つ説明し、文法上間違ってないと言うものもあった。僕としては別に文法をどうこういったつもりは無いのだが…

作品は自己満足で描く、それが他人に受け入れられるかどうかは描く人の裁量でどうなるものではない、でも自分の作品をより高いところへ持っていくためにはあえて人の批判に耳を傾けなくてはならない場合がある。

日本で1%の人が認めてくれたらミリオンセラーである。そんな中で一人二人の批判に耳をかたむけられなくて上を目指せるのか

人の作品を批判すると往々にして本人ではなく回りの人から非難を浴びることがある。それ以来僕は人の作品を批評する時にはかなり気を使うようになった。

もし意見を求められたらまず良い所を3つ4つあげて悪いところを1つあげるようにしている。例えその作品が全く良い所が無くてもである。

でもこれって、そういう状況って健全なんだろうか?

一部の「絵の上手い人」に見られる、なんでもかんでも蔑むような批評はどうかと思うが作品や描いた人の向上を望むような批評さえも一律否定する風潮に僕は人種問題を議論する一部の掲示板のような、ある種の気持ち悪さを感じる。

あきらかに下手な人、表現力が未熟な人、なのに感性だけは恵まれている人、そういった人へのアドバイスさえも十把一絡げで「非難」と受ける人たちの未来はあるのかと思ってしまう。

「色使いがいいですね」「優しい絵ですね」と言うのは本当に褒め言葉なのか?と思ってしまうが僕自身この台詞はよく使っている。これは僕のボキャブラリの貧困さから来てるので勘弁して欲しい

僕はまず下手な人のサイトのBBSには書き込みをしない。と言うと語弊がある。

「この人って替わった感性の持ち主だなあ」と思う人や絵自体に魅力のある人のところはたまに書き込みをする。でも「少女漫画的イラスト」や「ロリコンアニメ」系、「ガンダムもどき」系のイラストのところには絶対に書き込みをすることは無い。

あと、あまりにすごすぎる方の所にも書き込みはしにくいかな…

「スーパーリアル」がイラストの頂点だとは思ってないが僕が求める世界の中での最上は「スーパーリアル」だと思っている。

それは僕の観念なので他人にはどうしようもない。逆にパステル画のような優しい絵柄に最上を求める人もいるだろうし、それを否定するものではない。

と言うよりそういう絵が描ける人にあこがれもする。あこがれるはするが僕が求めるものとは違う、と言うように受け取って欲しい

例えていうなら、中華料理と和食とフランス料理、さあどれが一番美味しいか…と言う質問には答えようが無いのと同じなのだ

それでも若くして自分の作風に凝り固まり、向上しようとしない人が自分の作品を謙遜してるのだかどうかわからないが「パクッテます」と公言したり、「下手なんですが」と前置きする事に対しては苛立ちを覚えるし、そういう人へのぬるい批評はある意味罪悪だとも思っている。

僕は人に「僕は絵、上手いよ」と平気で言う、そこに謙遜は必要ないと思っている。半分プロ、完全なプロであるならばそうあらねばならないと思っている。

さらに例えアマチュアでも新作を「下手なんですが」と前置きするぐらいならHPで展示するべきではなく、発表する限りはその時に描ける最良の作品を展示発表しているはずなので無意味な謙遜はするべきではない

絵の巧拙は間違いなく時間と経験が解決するので僕に言わせると「下手なんですが」と言う前置きは作者の努力を怠ったことへの「逃げ」でしかなく、少なくとも絵描き、イラストレーターを目指す人は使ってはならないセリフなのだ

聞きたいことしか聞かない耳の持ち主と、言わなければならない言いたくない事を言わずに済ませられる口の持ち主が集まった仲間って本当に仲間なのか?と思ってしまう

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お笑い事情…思いつくままに乱文

お笑いが好きだ

関西(神戸)生まれの僕は子供の頃から「吉本新喜劇」や「松竹新喜劇」になじみがあり新開地に「松竹座」ばあった頃時々連れて行ってもらった。

吉本へも梅田花月には何度かつれてもらったが当時の僕には距離的にかなり遠く感じた。

テレビであの「♪ホンワカホンワ♪ホンワカホンワ~」というメロディが流れると未だに楽しい気分になる。

秋山たかしや平三平、岡八郎、船場太郎、桑原和夫(現役)、井上竜二(現役)、がワンパターンのお笑いで安心できる空間を作っていた。

女性ではヘレン杉本、中井美保(?)山田スミ子、高勢銀子(?)なんて人もいた

ある意味吉本新喜劇は古典芸能と呼べるのかもしれない

うどん屋に(関西では蕎麦屋ということは無い)5~6人の客

「俺カレーうどん」「おれも同じのん」「俺、肉うどん」「俺、鴨南蛮」「俺…」

「はいはい、こちらカレーうどんに、こちら肉うどんね…こちらは…」

と一通り確認し

「おとうちゃんきつねうどん六つ」

と言うパターンは40年以上前からやってます。そしていまだに受けます。

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今、何次めかのお笑いブームらしい…でも…面白くない

ひとことで言うと「奇をてらいすぎる」

マチャマチャ…彼女は基本的に面白い、プロレスラーのマイクパフォーマンスをパロディにして時事ネタをおちょくるのは良いと思う。最近パネラーとして出ているがコメントも上手い

でもあのスタイルの必要性はあるのか?あの髪形の必要性はあるのか?

ペナルティ…芝刈り機、顔オチ、出オチ…もういいよ、ちゃんとしたネタで笑わせてくれ

品川庄司…完全にMCを目指してるのがバレバレ、たぶんくりいむとか爆笑問題のポジションを狙っているのだろうが、結果を求めすぎていて見ていてイタイ

アンガールズ、アンタッチャブル、アンジャッシュ…今年が勝負かな、出塁率は低いけど安定してるのはアンジャッシュか…

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ボキャブラ世代の中で今活躍してるのは誰だろうと考えた

くりいむシチュー(元海砂利水魚)、ロンブー、ネプチュ-ン、爆笑問題…ぐらいか

ネタ的には上手い「金谷ヒデユキ」とか「やるせなす」「坂道コロコロ」「フォークダンスDE成子坂」「MANZAI-C」「松本ハウス」etcetcetcはどこへ行った。

「男同志」の江頭はいまだに裸ネタで全く進歩がない

「Uターン」の土田は自分のポジションを確立しつつある。彼はやはり背負っているもの(嫁と子供多数)が大きいので地に足のついた仕事をしているようにみえて応援したくなる

現に彼の笑いは地味ながら面白い、レポーターの仕事も彼の好き嫌いにかかわらずあっているのだろう、このまま行くと関根勤のポジションになるのかな

あと、あまり好きではないが「青木さやか」…大きな失敗(顰蹙を買うような男問題)さえなければこのまま行くのでは…

出オチ、顔オチ、ギャグオチ、逆切れ、ハイテンションで笑わせている間はそれらが受け入れられなくなると芸人寿命も終わってしまう。

言葉で笑わせる芸人になってくれ

オリエンタルラジオは実力の割に仕事が多く、勘違いしなければいいのだが、と余計な心配をしてしまう

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潔癖症とまではいかないが

電車の吊革が持てない。

喫茶店でグラスに口紅がついててそれ以来その店には行けない

レストランでは鼻をかむのも鼻をかまれるのもいや

食事中に爪を切られると殺意を覚える

そのくせパンツを1週間はきつづけたことがあるし、部屋の中はゴミためみたいだし、簡単にゆすいだだけのコップで平気でジュースが飲めたりもする。

要は、他人に不潔なことをされるのは許せないが、自分が不潔なのは許せるのだ

それでも少なくとも外に出るとき、特に仕事の打ち合わせの時などは気を使いすぎるぐらい気を使う。

自臭症の気がある僕は人の目、というより人の鼻が気になる。

加齢臭と言うのも有りコロンなどはつけないが自分が発するニオイにある種恐怖心を抱いてる。

先日電車の前に立った男が薄く化粧をしていた。別にユニセックスと言うのではなくたんにお洒落として化粧をしていたようだが、ふと足元を見た。

ズボンのすそに何か赤黒くやや光沢のあるのがついている。目が悪いのでよくは見えなかったがどうやら何かのタレのようである。

更に良く見るとその横に白いものが擦ったようになってついている。小麦粉を練ったのを擦りつけた…どうやらお好み焼きの粉らしい、それに関連付けると先の赤黒く見えたのはソースなのか

「化粧する間があったら洗濯しろよ」と思ったがもちろん口には出さない

女性の友人でYさんという子がいる。もう28なので「子」というのには無理があるのだがまあそれはそれとして…

彼女は地方から出てきた都会で遊ぶのが大好きな女の子である

きちんとすればかなりの美人で背も高く、その辺の美人と呼ばれる芸能人にも引けを取らないのだがいかんせん、だらしがない

彼女のアパートは木造2階建ての二階、6帖一間、さらに風呂が無い。ただ場所は新宿の繁華街からいざとなれば歩いてでも帰れる距離にある。そんな立地条件だから建物のグレードに比べ家賃は高い。

僕が住んでるところだったらマンションの2DKが借りられる家賃を毎月払っている。

「せめて風呂があるところに変ったら」と言ったのだが彼女はどうしても新宿から離れるのが嫌らしい。つまり「遊び優先」で住まいを決めているのだ。

もちろんそれも悪くは無い、人それぞれの考え方があるのでそれはそれで尊重するが、同時に、30に手が届くと言う年齢で「遊び優先」ってどうよ、とも思ってしまう

先の電車の男にしてもこのYさんにしても、「人生の中の優先順位」を間違って、どこか浮ついたものを感じる。

シェークスピアのハムレットだったかに

「立派になさい、決して華美ではなく、衣服は往々にしてその人柄を表すものだから」というせりふがある

これは衣服だけでなく人が「生き」て「暮らす」中で忘れてはならない言葉のように思える

以下追記ーーーーーーーー

テレビでニートだったかフリーターだったかをテーマに一般の人を集めた討論番組でフリーターの30代の男が密着取材を受け映像として流れた。

彼は東京の郊外の都市で6畳のアパートに住み、週2日のコンビニの深夜アルバイトで生計を立てている。そのアパートに風呂は無いが近くにアパートの大家の親戚が経営する銭湯があり100円だったかで入れる。

過去に小さな会社ではあるがきちんとしたところで働いた経験もある。そこを辞めた理由は「なんとなく面白くなくて」と言ってた記憶がある。

当初預貯金はわずかながらあったらしい。

部屋の中は万年床、ラジカセ、テレビ、そして乱雑に散らかった新聞、雑誌、就職フリーペーパー、床に置かれた食べかけのカップめんの器…台所には手鍋とヤカン、幾つかの食器…

部屋の隅に置かれたダンボールがタンス替わりらしく中に下着やシャツが入っている。

テーブルや収納するものは一切無く、一張羅のスーツは壁に打たれた釘にクリーニング屋の針金ハンガーで吊るされワイシャツは先のダンボールから袖がはみ出ている。

とても30を過ぎた男の部屋には見えない。

その彼が就職の面接に行くことになった。

彼はダンボールのタンスからしわくちゃのワイシャツを引っ張り出しそれにやはりしわくちゃのネクタイを締めた。

そこでさすがに見かねた番組のプロデューサー(?)がスーパーのバーゲンのワイシャツを買い与え、それを着て面接に行った。

結果的に面接の結果は不合格だったが彼は落ち込む様子もなく部屋に帰り床に座って就職のフリーペーパーをまたチェックしていた。

昨日のカップめんの器はまだ捨てられていなかった。

映像の最後にインタビューを受けていた

その中でワイシャツの話が出た。「面接に行く時あのシャツで行こうと思ってた」と言う質問に「あのシャツじゃ…まずいですか」という言葉が返ってきた。

「普通面接に行くとなると少しでもちゃんとしようと思うじゃないですか」と切り返すと「でも、面接って自分のありのままを見てもらってこそ…ナンタラカンタラ」

僕はそれを見て彼は当分就職できないだろうなあと思った。

理由は「就職面接モード」と言うのが彼にはわかっていない。

だらだらした生活から抜け出すには自分が切り替えて、例え強引であってもテンションを上げ受かるように「演技」することが必要だ。

初めて会う人にとって「ありのまま」を判断するのはその外見や話し方でしかない。

普通30過ぎた男なら言わでものことである。

その言わでものことさえわかってない彼を申し訳ないが当分就職は無理だろうなあと思ってしまったのだ

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まだやってるの?偽メール事件

自民党はダテに政権与党を長年(一時期を除いて)やってきたわけではなく、裏の裏を知り尽くしてるんですね、相手の手の内を読んで先を制するなんて朝飯前でしょう。
今回の偽メール事件も穿った見方をすれば「自民党のワナなんじゃないの」という気もしてしまう。

あの偽メールのおかげで自民党の何人の人が助かったか、本来国民が目を向けなければならない多くの「事件」が一斉に「偽メール」に向いてしまった。
その原因の半分はマスコミにもあるが、足元を救われるような原因を作った永田氏はもちろん前原氏にもあるでしょう。

もっと不思議なのは国会でぶち上げる前に小沢さんの所へはその話は行かなかったのだろうか、小沢さんだけでなく、他のベテラン議員も、もし聞いてたらそんな裏の取れてないネタなんてストップすると思うのだが

更に言えばあの永田って議員、忍びの世界で言う「草」じゃなかったのかな?「陰忍」とも言う、そこに根をおろして一旦事があると表舞台に出て活躍すると言うあれね

今回は自民党から民主党に「草」として入り込みさも民主党の若手議員として活躍してるように見せかけ、いざと言う時には自民党に有利になるように行動する。

まあ、これは穿ちすぎだとは思うが、あながちフィクションだと言い切れない気もする。1~2年後永田議員が自民党から出馬すればある意味面白いのだが…

「偽メール」とかそういったことに対する一種のセキュリティが働かない時点で民主党は「まだ」信頼できない政党だと言えるのかもしれない

自民党の議員がほくそえむ姿が見えるような気がするのはきっと僕だけじゃないはずだ。

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絵の話 その4

自分のブログを放置してしまってた。

「おともだち」のところは回ってコメントを幾つか残していながら自分のところの記事をアップしてなかった。

そのうちの一人teruさんが女性のイラストをたくさんアップしている。ご友人のイラストらしいが、なんとも言えない優しい表現をされる方だ。

自分も絵を描くが女性を描いた時ああいう表現が出来ない。「明るい竹久夢二」を彷彿させる。と言えば失礼に当たるのだろうか…

teruさんの絵を見てると人に対する愛情というものが見える。

別にモデルの方を愛すると言うのではなくもっと広い意味で、花を愛し、星を愛し、空を愛し、海を愛し、そして人を愛すると言う他の動物には無い人間だけが持つ絶対的な愛といったら言いのだろうか…

背景には必ず「花」をあしらっている。それも俺には描けない、昔「花」という課題で牡丹を描き、それをキャベツと言われて以来花は描かないようにしている。幸い描かなければならない状態に陥ったことも無いのでそれで済ませている。

抽象的なというか誇張した花は描いた事がある。実際には無い花…それだと見ている人が比較するものが無いので強気になって描ける。だから「この花何の花」と聞かれると「僕の中で『花』というイメージを膨らませて」などと愚にもつかない理屈で言い逃れている。

更に言うと僕は花の名前を知らない。菊とタンポポとマーガレットの違いがわからないのでその時点で花を描く素量が無いのかもしれない。

僕は時々絵を描く迷路に落ち込む時がある。なぜか自分の絵が否定的にしか見えなくなってしまい作品を破り捨てたくなる。そんな時破り捨てても後でもう一度プリントすればいいだけの話なのでCGで良かったと思う。

そもそも歯車のことが美しいと思う感性で自然現象を描こうとするのが間違いなのかもしれない。

0.01mmの線で描かれた機械を見たことがあるだろうか、ロットリングと言う製図ペンで描かれたイラストで近くで見ると線の集合体でしかないのだが少し離れてみると写真よりリアルな絵になっている。それが「スーパーリアル」とのはじめての出会いだったのだがその時受けたショックからまだ抜け出せないでいる。

だから自分の目指してたものと全く感性の違った作品を見ると迷ってしまう。「一発勝負」の油絵とか水彩画と言うのならそういう部分で根本的にCGとは違うのでそう影響を受けることは無いのだが、同じCGで自分とは違った作風を見ると悩んでしまう

言い換えれば「悩む」ということはまだ僕自身に伸びる余地があると言うことなのかもしれない

僕は根本的なところで楽天家だったりする

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