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MASAYO’sHISTORY

19歳の頃大きな病気をして5年間の入院を経験した

それでも2年目ぐらいからかなり回復し身の回りのことはできるようになったのだが、それだけに時間を持て余し、何かしようと思い絵を描く事にした。

元々絵の学校行ってたし

マンガの同人に入ってたのもこの頃の事である

絵の具だとパレットとか筆を洗わないといけないのでインクで描いてました。

描いた作品を今で言うフリーマーケットのような所で売ったこともあります。その時はかなりの売上になり数万円稼ぎました

「俺の絵って売れるんや~」と思いましたね

ホルベインのカラーインクを少しずつ揃えて…退院する時は「入院してて、なんでこんなに荷物ががあるのよ」って姉に怒られるぐらい画材が揃ってました。

何しろ足掛け5年の入院、半端な量じゃなかったですね

退院後しばらく自宅療養の後レザークラフトの店でアルバイトをし、少しは自分の能力を生かせる事ができる仕事に就きました。

僕が作った革の髪止めは作ったら作っただけ売れました。

その後結婚をし絵を止めました。生活のため食品会社に勤めましたが結局結婚は3年で破綻し、その会社も5年後に退社しました。

離婚後画材を送ってくれるよう頼むと既に捨てられてしまってました。(高かったのに)

それ以後は派遣会社に登録し細々と食いつないでます。

10年前からCGを描き始め今はインクとか絵の具を使った作品、いわゆるアナログ作品は描いてません。

パソコンが出始めの頃に比べプリンタの性能が飛躍的に向上したので作品を大きくプリントアウトしてパネルに入れてます。

気に入った作品は保存性を高めるためにプリンタ専用のクロスに印刷しパネルに入れてます。

何点かは売れましたがそれで食っていくのは無理ですね、「印刷」と言う性質上そう高い値段はつけられないです。

今はあるデジタル作品を製品化する会社と提携して売り出されてますが、作品をデータとして預けたら後はお任せなのでまだ収入になつながってません。

三年前に昔の病気が業して多量に喀血し、みっちり働く事が出来なくなったので今は週三日の仕事です。

ただ歩合が付く仕事なので上手くいけばそれなりには稼げますね。そういう点では恵まれました。普通、病気になった派遣社員には「今期の契約はいたしません」のひと言で終わりです。

もし妻や子供がいたりしたら話は違いますが、今の僕的には仕事にも就けて絵も描けるというある意味恵まれた状況です。ただし収入はピーク時の半分以下(三分の一に近い)

将来的には沖縄の宮古島かどこか離れ島に住んで絵を描いて暮らしたいです。ただしインターネットは必須

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コメント

お若い時の大病・・・
私では考えられない程の大変な苦しみだったと思います。

ひとりひとり、抱えている苦労の数も重さも違う。
他人から見ると「悩むほどの事じゃない」と思われることでも、本人にとっては死をも覚悟する「悩み」かもしれない。
よく後から「言ってくれれば良かったのに」と言う人がいるけど・・・

「うまく行かないから人生はおもしろい」とは私はなかなか思えないけど・・・ね。

「将来、沖縄の離れ島で絵を・・・」
素敵!実現するといいですね。

投稿: タマ | 2006/04/16 01:51

病気自体は痛みとかがあるわけではないのですが友人が大学を卒業し一人前になっていく様を病室から見てたわけですから、そのあせりたるや半端じゃなかったです。

今でこそ「どうせならもっとゆっくりしておけばよかったなあ」なんて言えますが…

「うまくいかないから人生は面白い」って言う人の人生はうまく行ってるんですよ、
誰でも少々の挫折はありますが絶対的な挫折とかを経験してないから言える戯言です。
目が見えなくなったり、事故で片足を無くしてしまったり、ガンになったり…もしそういう経験をしたら「人生は面白い」なんて絶対に言えないです。

沖縄の離れ島で…は無理ですね(^^)/
僕はたぶんそんな年齢まで生きられないですよ、今ジャンボ宝くじでも当たれば別ですが…

投稿: MA$AYO | 2006/04/16 02:47

大変な苦労をしてきたんだなあと思います。

人間、お金も大事だけど健康なのが一番だと思いますね・・・

私も人生は面白いなんて言えません。

沖縄、私も仕事の問題がクリアーされるなら住みたいですねえヽ(●´ω`●)ノ
今、北海道より就職状況悪いから(;,;´_ゝ`;□ヾ(・ω・`。) フキフキ

投稿: 390X | 2006/04/16 06:55

おはようございます。
たいへんなご苦労をされたのですね。
カラダが丈夫 以外に何の取り柄もないとか思っていました。
ごめんね。5年もの入院生活・・・。(絵を描いていたのね)
辛かったね。

波照間島で、住みたいとか思ってたりします。
南の海に憧れますね。。(宝くじ 当てましょうね)

投稿: teru | 2006/04/16 07:55

>390Xさま
本人はそれほど深刻ではありません←根本的に楽天家
沖縄は東京の半分の家賃でより広いところにすめますね
物価も安いです…調べました。台風は多いですが…
就職状況…と言うより仕事がありませんね

アメリカに占領されてた所はパンは与えられるが
パンを作る技術を教えてもらえ無かったんですね

>teruさま
波照間島…宮古島より更に南ですね(^^)さすがに暑いだろうなあ
沖縄も暑かったが…


投稿: MA$AYO | 2006/04/16 10:35

こんにちは。

>将来的には沖縄の宮古島かどこか離れ島に住んで絵を描いて暮らしたいです。

いいですねぇ~。私も憧れるなぁ・・・そういう生活。

投稿: TOM | 2006/04/16 15:01

昨日のテレビで
フィリピンなら年金で何とか生活できるそうです。
家賃その他食費を含めた基本生活費が年約70万だそうです。
でも永住ナントカって条件があり500万円を一定期間預金しなくちゃならないそうです。

投稿: MA$AYO | 2006/04/16 15:40

5年間の入院って今はこうやって言えるけど、長く苦しかったでしょうね。

テレビで、月10万円で暮らせる所の番組ありましたね。

島は健康であれば何も問題がないと思いますが、

歳をとったら、病院の近くがいいですよね

やっぱり宝くじしかないかしら(笑)

投稿: みさ♪ | 2006/04/16 18:45

寝たきりになるのは嫌ですね~死ぬのならとっとと死にたいです(^^)

5年間(実質は4年半)病室の窓から季節の移り変りを4回経験しました。
野良猫と友達になり食事をあげているところを見られ婦長さんに叱られました。
病院の風呂が嫌で歩いて15分のところの銭湯に他の入院患者と行って帰りにお好み焼きとビールを飲んで帰ったら婦長さんに見つかってしまい叱られました。
夜中の三時に絵を描いてて婦長さんに叱られてしまいました。
買い物に行くついでにパチンコをしていて婦長さんに見つかってしまい叱られました。

入院中しょっちゅう叱られてました。

投稿: MA$AYO | 2006/04/16 19:56

結構、婦長さん泣かせの問題児だったのですね(笑)

しかられてばかりで、精神上よくないですね。

健康で長生きがベストですけどね。

お隣のお母さんが痴呆で、2.3日前に亡くなりました。

一人息子さんでお嫁さんいなかったので、1年半お店を閉めて

献身的な介護してました。頭の下がる思いです。

私も寝たきりにはなりたくないです。

健康が一番ですね。

投稿: みさ♪ | 2006/04/16 23:26

またまた重い話です

一番上の姉が「膠原病」と言う難病に冒され13年の闘病の末亡くなりました。20年近く前の話です。
初めての入院の時まだ幼い姪と甥をしばらく預かった事もあります。

退院後も姉は週二回透析に通うのですが一人では行けないので義兄がついて送り迎えをしてました。
週二回の遅刻と週二回の早退は義兄の出世の妨げでしたが義兄は欠かすことなく、一切文句を言うことなく、入院している時以外の13年間それを続けました。

僕の母はその義兄を「甲斐性が無い」と言ってなじりますが、僕はそんな兄を男として尊敬します。
今はその姪と甥にも彼らを預かった時より大きな子供がいます。

姉は優しくきれいな人でした。
だから神様が早く手元に招いたのかもしれません。

若くして亡くなった姉ですが義兄と結婚した事によって幸せを感じる心を持って亡くなったのではないでしょうか
亡くなる一週間前に見舞いに行った時、逆に僕の身体を労わってくれました

死に目には会えませんでしたがかなり苦しんで亡くなったそうです
でも通夜で見た姉の顔は少し微笑んでました。


>結構、婦長さん泣かせの問題児だったのですね(笑)
>しかられてばかりで、精神上よくないですね。

病気の回復期に入って時期なので「もう、いいかげんにしときなさいよ」という、叱るというよりあきれられてましたね

投稿: MA$AYO | 2006/04/17 00:44

お姉さま膠原病だったのですね。

知り合いも若くして、膠原病で亡くなってます。

前のお家の奥様も膠原病ですが、今は少し元気になり現状維持

で、バイクに乗って走り回って飲み屋さんを経営されてます。

透析も食事制限があり、たいへんなんですよね。

血栓にもなりやすいし、腹膜透析やって、最後は移植しかなく

なるし・・・・身内に透析患者がいたもので・・・

健康の時は健康のありがたみって感じないけど、病気になった

りすると、結構ってありがたいなとつくづく思います。

神様に感謝です♪

投稿: みさ♪ | 2006/04/17 13:11

>みささま
そうですね「健康のありがたみ」は健康な時はわからないんですよね
それってどこか「しあわせ」に似てますね
幸せのさなかにいると幸せである事があたりまえになり幸せへの感謝を忘れてしまうんですね

投稿: MA$AYO | 2006/04/17 15:44

>タマさま

10年後は居ますよ(^^)

これを言うと叱られるんですが…

僕は昔の病気(重度の結核)で肺の組織がかなりもろくなってます。
それが原因で3年前多量の血を吐きました(もう、半端じゃない量です。笑っちゃうほど)
それで肺の手術をしました。手術と言っても「血管束栓術…エンボリ」といって患部の手前の血管をシリコンで塞いでしまう手術です。今回は2箇所そういうところがありました
次に喀血したらその手術は功をなさず肺切除になります
肺切除をすると酸素ボンベを背負って暮らさないといけなくなるので手術をするつもりはありません

有名人で過去に結核を患った人が亡くなるのってだいたい70歳ぐらいで、死因は肺気腫から肺炎、または肺不全、ですね
僕の今の年齢から逆算すると、あと十年から…二十年はもたないだろうなあ…と言う事です

因みに僕自身あまり深刻ではありませんので…

投稿: MA$AYO | 2006/04/26 23:25

大病は、そーゆーご病気だったんですね・・・

大変なご苦労された事、胸が詰まる思いです。今でも時々体調が悪くなる、と以前書かれていましたよね・・・

>因みに僕自身あまり深刻ではありませんので…

・・・何と書いて良いのか、言葉が下手なので、、、

どうかご無理だけはなさいませんように・・・

投稿: タマ | 2006/04/27 06:37

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