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龍馬伝

龍馬伝が終わった

福山龍馬はかなりよかったと思う

出演者の方言のイントネーションには少々イラッとしたがまあ合格だと思う

但し、歴史ドラマとしては少々演出が利きすぎていたのではないかな~

坂本龍馬のあの明るさを嫌いな人はあまりいないと思うが描き方は現実離れしすぎていると思う

坂本龍馬はあそこまで『新しい日本』を目指してはいなかったのでは…

龍馬はとにかく世界を股に駆けて商売がしたかったのだろう

同時に世界を見聞しさまざまな見知らぬことを知りたいと言う髪の毛の先から足の爪の先まで好奇心の塊だったんだと思う

でも、それをするには徳川の幕藩体制では絶対に無理だったので新しい秩序を欲しがったのだと思う

ある意味究極のエゴイストなのだ

数百年続いたサムライの政治を自分の好奇心のためにひっくり返すと言うのだから

ただ彼はただのエゴイストではなく物事を見切ることが出来るエゴイストで未来を洞察できるエゴイストだったのだ

薩長同盟で徳川幕府を倒す素地は出来たがそのままでは徳川幕府が島津幕府とか毛利幕府に為りかねなかった

最悪日本に二つの政権が出来、その二つが血を血で洗う戦いになってしまうかもしれなかった

そこで土佐藩主山内容堂を介して一橋慶喜に大政を奉還させ、そして一橋慶喜はそれに応えるのだ

この一橋慶喜という男、ドラマではやや嫌な奴で描かれていたし、事実時々わけのわからない行動をするが、この大政奉還をすることによって彼は維新の英雄として奉られるべきだと僕は思う

木戸孝允や大久保利通がなんとなく人気が無く、龍馬や高杉晋作に人気があるのは若くして死んだと言う以外にその明るさが江戸時代末期の暗さから明治時代の明るさにオーバーラップするからではないかな

だが、竜馬が死んだ慶応3年11月15日のわずか二ヵ月後鳥羽伏見の戦いが起き、そして戊辰戦争~五稜郭の戦いへと続き龍馬の思いとは裏腹に時代の移り変わりは人の血を必要としたのだ

そして龍馬が目指した新世界『明治』はさまざまな矛盾を抱え、ある部分では『女工哀史』のような江戸時代より悲惨な層が存在した

幕末から明治の人々で好きな人はと聞かれると坂本龍馬と答える

だが最後までサムライであろうとした土方歳三に美しさを感じ

時代に潰された河井継之助に切なさを感じ

幾多の路傍に倒れた兵士に哀れを禁じえないのだ

それら全ての屍の上に今の日本が有り、これからの日本が有るのだ

 

ところで来週から『坂の上の雲 第二部』が始まる

なにしろ一年越しの続き物なので前回の再放送を必ず見るようにしている

明治維新の頃はちっぽけで取るに足らない国…列強がその気になれば吹き飛ぶような国、それが当時の日本だった

当時の日本人がふと見上げると坂が有り、その坂の頂上には綺麗な家がある

そしてその家の向こうにたなびく一筋の雲…それが欧米列強なのだ

そんな時代に生きた秋山好古、秋山真之、正岡子規…彼らが主人公のドラマだ

僕は司馬遼太郎氏のこの小説をなんども読み返している

今年の第二部も楽しみにしている

もし興味が有るのならぜひ観ることを薦める

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