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堀北真希

良い女優さんですね

デビューの頃はなんかギスギスした感じであまり好感は持ってなかったんだけどCMとか映画ですごく磨かれて…

女優が進化するのか

女性が進化するのか

 

Horikita_maki


ネットの写真から起こした絵です

かなり昔の写真かな?

解像度を上げて(A4で400dpi)描き、WEBにアップする場合は72dpiまで落としさらにWEB用のデータとして保存します

すると細かい所がグニュグュニュ~~となってごまかせます

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海上自衛隊

海上自衛隊の艦船が進水する

22DDH…艦名は『いずも(出雲)』になるらしい

この艦船、護衛艦なのだが250m近くあり基準排水量19500トンで通しの甲板を持つ

基準排水量というのは燃料もミサイルもヘリも何も積まない状況を言うので意味はない

満載時で29000トンを超える

太平洋戦争時の戦艦大和が264mで満載時7万トン…当時の戦艦は装甲が厚く船自体が重かった、よって爆弾、魚雷それぞれ20発以上を受けてついに沈んだ、当時の戦艦には現在のような発達したダメージコントロールと言う概念がなくただ厚い装甲で守るのが主流だった。 

現在の護衛艦はおそらく魚雷2~3発で致命的なダメージを受けるがそもそもそれ以前の問題として日本の護衛艦に魚雷を発射できる潜水艦なり攻撃機が存在するかどうかが疑問、発射する前に発見されるだろう…だから大きさではあまり変わらない

ミッドウェーで米軍機に沈められた飛龍と言う空母よりやや大きく戦後自衛隊が持つ艦艇としては一番大きい

これよりやや小さな『ひゅうが(日向)』『いせ(伊勢)』という通し甲板を持つ護衛艦もある

小さいと言っても200mほどあり排水量も20000トンほどある

これにはオスプレイの搭載と離着艦が可能だ(先日のアメリカでの合同訓練で確認済み)

これを言うと左翼連中が軍国主義がどうのとか日本の右翼化がどうのとか言い出す

でも、東北の震災でアメリカの空母ドナルド・レーガンがトモダチ作戦で支援してくれたことは記憶に新しい

ドナルド・レーガンは10万トン以上ある空母でそんなのが沖合い1000mぐらいのところに停泊し毛布や薬、食料を援助してくれたら、その状況を見ただけで安心感を与えてくれるのじゃないか

それよりもかなり小さい『ひゅうが』や『いせ』そして『いずも』はもう少し海岸近くに停泊させることができ救援のヘリの行動レスポンスもいい

日本にロナルド・レーガンクラスの空母が必要とは思えないが東南アジアの島嶼国への震災等の災害派遣には有効だと思う

 

 

 

 

これを書いてて思い出した

太平洋戦争末期に『葛城』と言う空母が進水した

帝国海軍最後に竣工した空母だ…が時は1945年、乗せる艦載機も搭乗員も無く飛龍並みの大きな船は港につながれ攻撃を避けるため甲板上に道路や家屋の迷彩を施し、船腹は海の色に塗られた…が、そこの背景は山だった

当時の混乱を物語る光景だがそれでもアメリカ艦載機の攻撃を受け小破した

幸い主機関に影響は無かったのだが実戦に出ることはなかった

葛城が活躍したのは戦後だった

何しろ空母と言うのはその甲板から飛行機を飛びたたさなければならない

そのために32ノットと言う高速(巡航18ノット)が出ることに加えその行動半径の広さを利用して復員船として利用された

それも東南アジアのラバウルとかハノイとかの復員兵の帰還を手伝い9万人近い人に日本の土を踏ませた

竣工から解体までわずか2年ほどしかこの世にいなかった空母だが帝国最後の空母が日本人の帰還に寄与したと言うのは少々胸が熱くなる

 

 

 

 

そしてもう一つ戦争のエピソード

『凉月(すずつき)』と言う駆逐艦があった

4000トンに満たない艦でよく働いた。

駆逐艦で何度も満身創痍になりながら帰還しそのたびに修理して、その修理のたびにちょっと艦影が変わったりして、とにかくよく働いた

そんな凉月もこれはもう帰れないなと言う命令が出される

菊水作戦は大和と数隻の駆逐艦が沖縄を目指し最後には陸に乗り上げ砲台として敵を撃つ…という少々…いやかなり現実離れした作戦だった

そして大和は沈められ、凉月は大破した

前へ走ると浸水するので後進で内地を目指した

だが…艦橋の設備は攻撃で破壊され艦はあさっての方向に進んでしまう

どうも違うと搭乗員の勘と知識で地図を作りなんとか内地に向かう

途中アメリカの潜水艦の攻撃を受けるが後進で回避をし文字通り満身創痍で佐世保に着く…と同時に着底してしまう

凉月の帰還は驚きをもって迎えられたが船は損傷が激しく現実的に修理する資材も当時の日本には無かった

戦後解体されその資材は僚艦『冬月』と一緒に防波堤として使われている

 

来年就役する7000トンクラスの最新護衛艦に『すずつき』と命名されている

『凉月』の運の良さとその戦歴、終戦まで生き残ったこと、そして『秋月』型の3番艦という流れからこの名前になったのだろう

 

 

 

 

もうすぐ終戦記念日 

 

 

 

 

 

 

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河北麻友子ちゃんです

久しぶりの似顔絵

河北麻友子ちゃんです

ちゃん…をつけるのはおかしい年齢なのですが顔立ちとか雰囲気は『麻友子ちゃん』です



Kawakita_mayuko



 

描いてて気がついたのですがものすごく細い子です

いくつかの資料を見るうち、ちょっと健康的に心配になるぐらい細いですが僕自身二十歳前は身長185センチで体重が52キロでそれなりに健康でしたからちゃんと食べられてるのなら問題無いのかな

 

以前ある番組でお転婆なところがあり、可愛い娘やなと思ってました

もうちょっと小悪魔的に描きたかったのですが…

 

 

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参議院選挙

参院選が終わった…

選挙は終わり政治が始まったと言った方がいいのか…

 

予想通り自民圧勝、民主惨敗…まあ当然の結果だとは思う

去年の衆院選までの3年間民主は犯罪的に何もしてこなかった

二番じゃだめですかの蓮ホウ氏が応援街頭演説で『民主は何もしてこなかったといいますが、救急車のたらいまわしが無くなったんです』なんてことを言っていた

飲みかけていた爽健美茶を噴出しそうになった

3年やってアピールはそれか!!

政権与党にやらなければならないことは多い

経済問題、外交問題、国防、震災復興、その他さまざまな問題がある

公務員削減や、行政改革もある

そんな中で街頭演説で訴えられるのが『救急車のたらいまわし』か

この問題を些少な問題と言っているのではなく政権与党として成果として言えることなのかということ

民主党政権になって鳩山氏の少なくとも県外発言やオバマ大統領へのトラスト・ミー発言、尖閣での中国漁船の犯罪や震災時の菅首相の無能ぶり

そして韓国大統領の竹島上陸、さらに天皇陛下への侮辱発言に対し韓国に何もいえない政党というイメージ

民主党政権下で円が上がり株価は下がる

そして何も手が打てない

失われた10年、失われた20年と言うが、無かった事にしたい3年と言うフレーズが正しいのかもしれない

結局、民主党は今回一人区では全敗した

その一人ひとりが『がんばったが自分の力及ばず…』と言う発言をする

責任転嫁は見苦しいがホンネは『元首相が期間中しょうもないことさえ言わなかったら』とか『党籍が民主党じゃなかったら』なんて思ったのではないか

現に岩手で民主党から離党し無所属で当選している(民主党復党なんてこともあるのか?)

民主党の代表は代表で紋きり口調で『自分の不徳のいたすところ』的な発言で済ませる

どこか風通しの悪さを感じる

僕自身参議院不要論者だ

良識の府などと気取っているが要は議員を金を稼ぎ先生と呼ばれる手段に使っているだけだ

小泉チルドレンはまだマシだ

いくつかのテレビ番組で討論を戦わせる姿を見ることもあるし、好む好まざるにかかわらず自分の考えを発言している

だが小沢ガールズは何をしているのだろう

谷亮子がテレビ番組で討論をしているのを見たことがあるだろうか

彼女らは当選することで彼女らの使命は終わり後は自分の持つ一票を何も考えることなく上の指示を仰ぎそこに入れる

そんなのが議員と言えるのだろうか

参議院は任期6年で解散もない…だから周りに迎合することなく自分の考えどおりに行動できる…それは嘘だ

何か行動しようとするとそれが上の気に入らなければストップさせられる

参議院は政党にすれば『当選すればこちらのもの、後はどうとでもできる』と言う存在なのだ

ならば議員数を減らせばいいのかと言うとそう単純でもない

議員が少なくなると権力がそこに集中し『お偉いお代官様』になってしまう

そしてお偉いお代官様にはおぬしも悪よのうの『越後屋』がつく

そして腐敗が蔓延してしまう

ならば参議院は完全に無くし衆議院の定数を100人ほど増やせばいい(国民一人当たりの議員数は世界的な議員数に比べ日本は少ない)

もちろんそれを今日やるなんていうと憲法から変えねばならずさまざまな弊害があるだろうが悪しき例を標準とするぐらいなら可能性のある方式を選ぶべきときではないのか

 

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八重の桜

NHKでやってる大河ドラマだ

舞台は幕末から明治維新…そして明治時代に入っていくのだろう

明治維新といえば遥か昔のような気がする…事実遥か昔のことなのだが長い日本の歴史の中で言えばわずか145年前、ついこの間のことだとも言える

徳川の時代の始めは言うまでも無く家康だ

そして彼が1603年に開いた徳川(江戸)幕府は1868年まで265年にわたって続く

1603年に明治から今までの期間145年を足すと1748年で寛延元年(延享5年)九代将軍家重の時代だ

もっと言えばその3年前まであの暴れん坊将軍が治めていた時代だ

ただ同じ145年でもその内容は全く違う

鎖国をして泰平の世を満喫(実際はそうでもないのだが)していた日本と開国後富国強兵につっ走りをし日清戦争、日露戦争等幾度かの戦争をして有色人種を差別する国際常識の中である意味孤軍奮闘してきた日本

そして絶対的な敗北を喫した日本

その焼け野原の中から再び立ち上がり今度は武力ではなく経済でのし上がった日本

たかだか145年の間にこの日本は江戸時代の265年の時代の推移をはるかに超えるまさに激動の145年だった。

 

    ※        ※        ※

 

鎖国をしていた日本だが1850年ごろの世界の情勢は僅かながら知っていた

イギリスやオランダのアジア植民地化政策により中国が無茶苦茶になったこと

そして次は日本の番であること

そんなときにペリーが浦賀に突然やってきて開国を迫った

『上喜撰、たった四杯で夜も眠れず』というのは後年出来た当時を揶揄する言葉で当時それほど大騒ぎにはならなかったと言う話もあります

現にその数年前にロシアの船が日本近海を通ってました

ただ中国での列強のやり方に日本も中国のようになるのでは…と中央政府(幕府)は恐怖した

そもそも家筋で役が決り、お坊ちゃんばかりの政府に外交と言うような高度な政治は出来るはずもなかった

中には阿部正弘のような有能な者もいたが藩毎の派閥や狭小な心根の持ち主たちのためにその行動を制止され、そして若くして亡くなった

 

そして幕末に欠かせない人物に井伊直弼がいる

彼は一言で言うと人を殺しすぎた

安政の大獄と言うとおりとにかく殺しすぎた

ただ当時の状況を見ればそうでもしないと何も決められない日本だった

右の人が賛成といっても左の人が反対と言えばその問題は先送りにし何も決着できなかった

国内だけの問題を処理するのならそれでも良かったかもしれない

でも外国を相手にするとそうは行かなかった

時間を決められた

開国か戦争か…実はイギリスもフランスも(アメリカは自国内の問題で日本の問題に関わっていられなかった)日本とは戦争はしたくなかった

最終的には英仏が勝つだろう

が、当時日本には300万人の殺人を生業とするサムライがいた

艦砲で沿岸を火の海にしても統治するには上陸をせざるを得ず、無理に上陸すればかなりの被害が予想された

さらに当時の日本は全国を『藩』という単位で構成されその藩の状況は一律ではなかった

生麦事件から薩英戦争に至ったが、その後薩摩は『こりゃいけん、攘夷じゃ攘夷じゃというても刀じゃ鉄砲には勝てん、撃たれたら終わりじゃ』という事であっさりひっくり返る

だがそれでも攘夷を捨てない者を襲撃しその根を絶やしてしまう

薩摩のこういうところがその強さの元であり、同時にこういうやり方をする薩摩を嫌う人がいる

結局薩摩はイギリスから艦砲の技術を教わり、その場にいたイギリス人に『この艦砲を誰に向けて撃つのですか』と聞かれた

そのイギリス人はそれは長州か幕府かという質問だったのだが『それはもちろんおはんら異人でごわす』という答えに場は笑いに包まれ、逆に信頼を得たという

※ このエピソードがホントかどうかは知らない

結局薩摩は蛤御門の変(禁門の変)では長州を叩きのめしながら坂本竜馬の薩長同盟で今度は幕府(徳川家)を叩くことになる

鳥羽伏見で兵器の違いを見せ幕府側は手も足も出なかった

幕府側が一発撃つと十発が返ってきた

幕府側の大砲は100m届くが薩長の大砲は200m離れてても正確に命中した

そして極めつけは薩長は汚い事ができた

元々錦の御旗など存在しなかったがそれをそれらしく作った。

当時の日本人は討幕派も佐幕派も、攘夷派も、開国派もすべて『勤皇』であり『尊皇』だった

天皇の敵にだけはなりたくなかった

それを薩長は半ば強引に、限りなく暴力的に、そしてしたたかに『正義は我にあり』を示し徳川とそれに従った藩を朝敵とした

松平春嶽や山内容堂は徳川に同情的で薩長のやり方に批判的であったが時代の流れに抗うすべはなかった

官軍は江戸へ向かい徳川と一戦を交えるはずだったが勝海舟の努力(…と江戸の人のみを重視した行動)で江戸城は無血開場し江戸の町は焼け野原にならなかった

薩長は拳の振り下ろしどころを探していた

そこに良い具合の相手がいた『松平容保』の会津藩だ

薩長は容保の首を差し出せという

ほんの数年前まで一緒に京都を守護していた人に対してよく言えたなと思う

長州ならばわかる

長州は見回り組や新撰組にとことん痛い目にあった(これはどちらが悪いという話ではなく長州藩の『浪人』の中には志士と称して強盗、ゆすり、婦女暴行を働く不良志士も少なからずいた)

二本松の悲劇、白虎隊の悲劇…東北の戦いは悲劇に彩られている

会津の戦いでは女性が自刃した

それは幼い子も例外ではなくそれを見た官軍の士気を削ぐことになった

このくだりは八重の桜の26話にあったのだがそれに対してクレームがあったらしい

幼い子供や少女たちを巻き添えにし自殺を肯定的に捕らえている

ということらしい

この人はおそらく戦争で負けるということをイメージ出来ずジュネーブ協定の信望者なのかもしれない

この時代攻め入った側は女と見れば強姦し、その後で殺す…そんなことは『普通』の出来事なのだ(だからといって肯定するわけではない)

大河ドラマでは倫理の問題なのか絶対にそういうシーンは描かれず、過去の戦国時代を舞台にしたドラマの戦のシーンでもまず描かれたことはない

そういう背景があって、ならば幼い子供や老女が城に拠って足手まといになるぐらいならばいっそ…それが当時の美学だったのかもしれない

歴史を見るとき『今』を基準にみると往々にして見る方向を誤ってしまう

 

 

八重の桜、今日が前半のラストか…

視聴率はあまり芳しくはないらしいが視聴率だけがドラマの良し悪しを図るものでもない

さらに言うとこのドラマはBS103で6時から、総合で8時から、そして翌週土曜日に1時から再放送をしている

総合8時からの分の視聴率だけで判断するのはどうなのか

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選挙です…

参院選です

良識の府とはお笑いにもならない

何をやらかしても解散も無く、利権と金を得るために血道をあげる立候補者

何しろ当選すれば『先生様』と呼ばれ、年間2500万の収入とそれ以外の諸費用が約2500万、あわせて5000万円の収入が当選さえすれば(例え本人の能力が無く比例で当選しても)6年間貰える

こんな美味しい商売は無い

僕は参議院廃止論者だがそれでも憲法で決ってることなのでとりあえず受け入れるしかない

そこで腹立ちまぎれに記事をあげる

今のこの時期に参院選に関わる記事をあげるのはどこかオエライ人から叱られるかもしれませんが、それぞれの党に関する考えを書くのはいつですか?…今でしょ(これが言いたかったw)

 

 

で、まずは自民党から

まあ、まず大勝ちでしょう

先日の都の選挙でも全員当選でした

参院選も残り二週間に余程のへまさえしなければ他を圧倒するでしょう

それでもいくつかの気になることはある

まず、ブラック企業といわれるワタミの渡邊氏を立候補させたこと、それだけならさほど問題は無い、渡邊氏がどんなにすごい人(僕はすごいとは思わないが)だろうと一年生議員が出来ること、させてもらえる事はさほど多くは無い

問題はそういう企業の社名を公開する法律を先延ばし(廃案)したことだ

僕は第一次安倍内閣時のつまずきの始めは野田聖子復党だと思っている

郵政民有化で自民党から追い出された野田聖子を、もちろんいろいろな背景・理由があったのだろうが彼女を復党させてしまった事により安倍政権の芯が揺らいでしまった

その野田聖子と同じような影響を及ぼすのが渡邊氏だと思っている

例え大きな堤でも蟻の一穴によって崩れ去ることもある…杞憂に終わればよいが

 

 

公明党

創価学会と言う基盤を元に投票率が低ければ低いほど当選者数が多くなるという稀有な政党で数字は少し伸びるだろう

自民党と連立を組んでいるが憲法改正や国防に関わる所で真っ向から対峙している

政教分離と言う観点からすればこの党の存在は憲法違反なのかもしれないが自民、公明共に他の野党との関係から敵の敵はとりあえず味方なのだろう

公明党が言っていることに一番危惧するのは外国人参政権の問題

これは外国人と歌っているが実質は在日朝鮮人の約60万人に対する支援法を可決する為の第一段階のようなもの

10年経って、この日本にとって公明党は良い政党だったと思えるのか危機を覚える

 

 

民主党

戦後最悪の党

大惨敗を喫するだろうし、そうあってほしいと願う

まず党の要綱が無く(2012年の時点で)マニフェストもほとんど守られなかった

そのことについて

政権について半年後には『まだ政権について半年』と言い逃れをし、一年後には『まだ一年…』、2年後には『まだ2年…』という…こだまかな?

そして昨年、『あと一期任せていただければ…』と寝ぼけたことを言っていた

そしてトラスト・ミーの元首相は明らかに利敵行為に明け暮れ、いつもいらいらして東北の震災と福島原発をややこしくした元首相はやっぱりいらいらしている様子

※ 7/9 追記  その福島原発で現場で処理に当たった吉田元所長が亡くなられた。彼がいなければ福島原発は更なる大惨事を招いていただろう

フクシマは…というより日本は彼のおかげで助かったのだともいえる

当時の菅首相の国家犯罪的無能は日本を壊滅させるものだったが吉田氏によって救われた

彼は国民葬並みの英雄である

ご冥福を祈る

そんな政党が3年以上政権を持っていてまだ何とかやれている日本国民ってすごいのかもしれない

 

 

日本維新の会

船頭多くして船山に登る

維新の会は経験が無いため力のある(と思った)人を引き入れ、考えが近い政党と一つになり数の力を得ようとした

が、完全に読み違えた

引き入れた松野頼久氏は橋下氏に『国政は我々に任せて、シロウトは黙ってろ』と言うような発言をした

あの発言を聞いて『あ、維新の会終わった』と思ったら、やはり終わった

橋下氏はシロウト集団であっても変に玄人を入れる必要は無く、純粋に日本を良くする政党として経験を積めばよかった

橋下氏の理念に賛同していただけにおしい

 

 

共産党

多分数字は伸ばすだろう

それは『民主党はもうごめん』でも『自民党一人勝ちはどうなの?』と言う人たちの受け皿

市民レベルの生活に関して言っていることはそれなりに納得できる

が、一番の問題は『国防』に関すること

『自衛隊をなくして軍備を持たない国にいったいどこが攻撃を仕掛けるのか』というのを何度も聞いたことがある

彼らはウィグル地区やチベットをどう考えているのだろう

 

 

みんなの党

学者の集まり

もしかしたら数字は伸ばすかもしれない

他党との差別化を図りたいのだろうがアジェンダなんて言葉を使わず『公約』で良い

そういったところにベテラン議員が多いわりに青臭さを感じ選挙区では票を入れにくい

そのぶん比例で投票する人は多いのではないか

 

 

社民党

1990年代初頭、土井たか子率いる社会党が『マドンナ議員旋風』で大勝し『山が動いた』と言わしめた

だが、マドンナ議員のメッキはすぐに剥がれた

消費税反対で当選した彼女らがある番組のインタビューに応えた

テーマは『直間比率』…つまり直接税と間接税の割合に関わる話だ

彼女らはそういった質問に一切答えられなかった

彼女らの様子では直間比率と言う文言さえも知らない様子だった

ある議員は『ええ、クロヨンとかトーゴーサンとか言われてますが…』とあさっての答え

クロヨン、トーゴーサンは税金の把握率に関する不公平税制のことで直間比率とはこの場合関係ない

さらに北朝鮮の拉致問題に関し一切の口を閉ざしている

拉致被害者家族が陳情に行ったときけんもほろろに追い返したその口で今更耳障りの言いことが言えるはずが無い

社会党がやった事はまだまだある『慰安婦問題』もそうだ

そういったことの含め社会党は一切の謝罪も、総括もされて無い

そんな社会党だから100人からいた議員が僅か一人、社民党に名を替え、多くの議員が去ってもまだしがみついている

『我々は社会党ではなく社民党だ』と言うならそれでも良い

ようは国民がどう判断するかだ

 

 

 

生活の党

知らない

小沢氏の党?あの人相の悪い三宅雪子という議員がいる党?

地元なんだからせめて震災の時救援に駆けつけるべきだったね…

まあ、どうでもいい党

 

 

みどりの風・新党大地・幸福実現党・緑の党・・・

よくわからない…評価のしようが無い

 

 

いくつかの党が『優しい国・優しい政治』と言うような文言をキーワードにしている

そしてそのほとんどがバラマキによる優しさだ

そこに自立は無く、個人の努力も無い

こども手当て2万6千円、年金最低保証7万円…これが一つのラインだ

少子化は問題だが国から2万6千円貰えるから子供をつくろうという人はまずいない

月7万円の年金で高齢者はどう暮らせというのだろう

その月7万円も300ヶ月(25年)払い続けての話だ

こんなことで『優しい国・優しい政治』を歌う政治家に票を入れようとする人はいるのだろうか

 

 

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