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天羽柚月さんのHAPPYBIRTHDAYLIVE

天羽柚月さんのハッピーバースデイライブに行ってきました

と言ってもごく内輪だけの小規模なものです

『日本一歌が下手な歌手』と自ら名乗ってるだけあって下手です…

でも、上手い下手とは別の何かがある

障碍者が頑張ってるんやな~という同情の目線で見る人もいるだろうがずっと聞いてると気が付くと涙で頬が濡れている

今回歌っている時の動画とか写真もたくさん撮らせてもらったのだが、いま少々ややこしい状況になっているらしくアップは控える

年末にまたやるそうだが年末の日曜日は仕事を休めない…

次は来年かな

今回、彼女を始めて見てとてもチャーミングな子だと思った

不幸にめげず辛いことにめげない彼女は年ははるかに僕の方が上…というより父親の年だが教わることは多かった

そして彼女を支える周りのヘルパーの人とかボランティアでやってくれているというメイクさん、そしてボイストレーナーの方、娘さんも含めそのスクールの方たち

宮崎から来たというご友人、さまざまな人の支えによって彼女は成り立ち、そして彼女は人にさまざまなことを教えてくれる

人に支えられながら、人を支えているのだ

寄せ書きに書いた『心は未来に生きる』は僕の座右の銘の一つだが、不幸を嘆くのは今日まで、明日は笑って明日を迎えよう…そういう気持ちがある

 

 

障碍者の自立は難しい

ならば支援を…といってもその支援もやり方によっては障碍者を自立させにくくしてしまう

僕も障碍者だから社会の障碍者に対する目線を知っているつもりだ

呼吸器がアウトな僕は昔呼吸が出来なくなって動けなくなった

息を吸っても吸っても肺に酸素がいかない

目の前が真っ暗になるその中で周りの人の姿が見えた

憐れむような視線だった

蔑んでいたのかもしれない

悲しく、切なく、悔しかったがその時の僕にはどうすることもできなかった

暫く時間を置くと呼吸も元に戻り安定したのだがまだ神戸にいた頃、30年も前の忘れられない出来事だった

冷静になって考えると周りの人には何の罪もない、病気は僕の責任でたまたま居合わせた人に文句なんて言える立場じゃない

でも、障碍者に対する一般的な目線はああいうものなんだろう

『ああこんな障害を持ってなんて不幸なの、かわいそう』

というのが基本だ

ある宗教団体のBBAは

『あなたがそんな病気になったのはあなたに業があったからよ、お題目を100万遍あげてその業を…なんちゃらかんちゃら…』

それは僕が19歳で病気が最悪の時に聞いた言葉だ

熱が40度あり、明日をも知れぬ命の若者に言う言葉だろうか

それ以来僕は無宗教になった

さらに言うと、病院の事務局の女の子が入院の書類を持って入ろうとしたとき

『そんな死にかけのおるとこはいったら病気うつるぞ』

なんて言われたこともある

僕が5年の入院のあと何とか退院にすることが出来た

それを言った人はまだ入院していた。

何とも笑わせてくれる人だ…とは思えなかった

病気の治療は大変で結核も長引けば慢性のようになり菌に耐性が付き治りにくくなる

僕は入院後全くと言っていいほど薬を飛ばすことはなかった

先生に言われることはすべてやり辛抱した

唯一守らなかったのは菌の解放期が終わり体力が出来てきたころ同室の森さんという人と銭湯へ行き帰りにお好み焼き屋とビールを飲んで帰ることぐらいだった

ある日同じように裏門から入ろうとしたら婦長さんが仁王立ちしてこっぴどく叱られた

『体力がついてきたといってもまだ完治したわけじゃない』ということだ

小規模だったが小規模だけに良い病院だった※震災で潰れました

因みに僕と森さんはそれでも銭湯とお好み焼きとビールだけはやめられなかった

・・・

・・・

なんか話が全く違う方向へ行ってしまいました

障碍者の自立についてはまた後日w

 

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警察なんて目じゃない

この日本では個人が捜査権などは持ってない

 

でも、逮捕権は持っている、それは例えば目の前で人が人をナイフで刺した場合などの現行犯の場合だ

ただ警察は『あなたも被害者になる可能性があるからそう言う場合は避難してください』という

まあもっともだ

ある今は規模を縮小したスーパーでその店のフロア長的な人が『万引きが外国人だった場合、事を荒立てることはしない』なんて言ってた

後年そのスーパーの店舗のほとんどが閉店もしくは売却になったのは社員のその事なかれ主義も一因だろうと思う

 

 

 

で、最近起きたキャリア官僚のアホな書き込みのことである

まあ、なんとバカな記事を上げるのか

キャリアと言えば東大とか慶応、早稲田とか、いわゆる良い大学を出た人なんだろう

そんな人が老人、東北の被災者、いろんな人をこれでもかというぐらいバカにした記事を上げている

本人は『軽い日記のつもりだった』なんて言ってるが、書いてることが『軽い日記』という意識なら普通の気持ちで書いたらどんな記事になるんだろうと思う

彼は停職2か月らしい…その間は給与は支払われないらしい

でも、もし東北の被災者や老人が『彼の書いたことでいたく心に傷がつき、PTSDになった』なんて言われ訴訟を起こされたらどうするんだろう…

まあ日本人はそういうどこかの国の人のようなことはしないだろうけど…

 

ただ、ネットでこの人物が特定するまでの過程がすごいらしい

まず彼が書いた記事をすべて読み、そこから官僚ではないかと推測する

そして彼がアップした写真からどこに住んでいるかを推測する

例えば背景はぼやかしていても車自体はナンバー以外ぼやかすことはできない、ぼやかせば写真をアップする意味がなくなる

ネット住民はその車に映った『映り込み』から場所を特定する

例えばどこかの小さなレストランの看板が映り込んでいた場合、それを拡大しその中の情報をネットに拡散する

僕が中野のレストランを知らなくても中野界隈に住む人が見たら『これ中野の○○というレストランじゃない?』という人が出てくる

そしてそれの裏を取る人がいる

看板の色が微妙に違うとか、文字がゴシックではなくローマ体だとか…

そういう情報をやり取りして少しずつ絞り込んでいく

ここですごいのはこの人たちはお互いおそらく全く面識のない人たちで、さらにその行動にそれほど重きを置いてない

つまりは個人の10分の行動が1000人集まれば166.6時間、捜査員一人が一日8時間捜査するとして20日分の捜査になる

そしてその捜査範囲は驚くほどに広く警察なんて目じゃない

こういうことは中国にも韓国にもある

日本の場合そうした情報で人を死に追い込むようなことをすることはないと思うが韓国の場合女優や俳優がそれで自殺している

韓国の場合民族的にかっとなりやすくしかもそれが持続する

テレビの討論番組なんかを見ているとそれがよくわかる

最初はこんな奴がいるんだという意識でやってたのがネットの世界で支持を得、それによってたとえば女優や俳優が謝罪したりすると自分が何か偉くなったように感じるのかもしれない

日本人は熱しやすく冷めやすいという良いのか悪いのかわからない民族性があるのでほとんどのことは『ほどほどで矛を収める』 

 

同じアジア人ではあってもおそらく相容れることのできない日本海という川がこの国の間にはあるのだろう

 

ところで、冒頭の民間人による逮捕だが

例えば万引きを捕まえた場合事務所へ連れて行き名前と学校名などを聞き出すが、本当はそれはダメなことらしい

逮捕権はあるが捜査権はない

指名住所を聞き出すのは捜査にあたるらしい

つまり、万引き即警察通報、そして警察による逮捕、場合によっては拘留が良いんだとか

 

『つい出来心で…』『お願い主人には言わないで』『学校には言わないで』『家には言わないで』

等は通用しないそうです

 

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お金がない!!

だから今日は自炊です

 

ベーコンとトマトのカルボナーラです

 

Pasta


ひさしぶりに美味くできました

いつもは卵がダマになったり、ベーコンが焦げ焦げになってしまったり

今までトマトを入れたことはなかったのですが入れてみると微妙な酸味があって美味しかったです

 

ただ量が…パスタはついつい多く作りすぎてしまいます

そして作ったからにはすべて食べてしまいます

痩せないわけだ…

 

 

 

 

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夜のミラージュ

東急田園都市線の駅の中に一つ川の上にある駅がある

川の上と言うより駅のホームの一部が川に掛っているといったほうが正しいのかもしれない

その駅から中央林間に向かって乗ることがあった

時刻は夜の十時を回っていたか…そのホームの川に掛る部分はかなり端っこに当たり電車が通るとき以外は下の川の水音が聞こえる

水面は真っ暗ではるか離れた対岸にマンションや戸建ての灯りが見える

それらの灯りの一つ一つに生活があり笑いがあり夢があり、そして悲しみもある

 

遠くで鳴るクラクションやトラックのエンジン音はどこか現実的ではなく、この世に自分一人が取り残されているのではないかという錯覚に陥らせる

 

水面に映る月が見える

 

ホームから身を乗り出して取ろうと思えば取れるのかと思えるが、もし手が届いたとしてもそれは一つの幻影でしかない

その幻影をつかもうとして僕は生きてきたのかもしれない

一つ何かを手に入れれば二つ何かを無くしてきたような過去だった

手が届くはずもない宙の月

掴んでも指の隙間から消える水面の月

蜃気楼に囲まれたような人生だった

ならばあえてそんな時を楽しもう

刹那に死ぬより刹那に生きる

川の水音は時の流れの音なのかもしれない

いずれ大海へ注がれる最後の喘ぎ声なのかもしれない

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お・も・て・な・し

滝川クリトリス…じゃなくてクリステルさんがオリンピック招致のプレゼンで言った言葉で、そのあとに合掌をした

若干の違和感があった…が、『合掌』って割と日常的に使わないか?

例えば人に頼みごとをするとき『頼む!』と言って頭を下げ手を合わせる

従業員がちょっと席を外すとき客には見えないところで他の人にちょっと手を合わせ目配せをする

確かにタイや東南アジアのように日常の中で敬虔な感じで手を合わせることはあまりないかもしれないがちょっと手を合わせることはよくする

クリステルさんの東洋的ではない顔立ちの人がああいう仕草をするとより際立って印象に残る

それは彼女の顔立ちが僕の超ストライクせいであるのかもしれない

あ~~~クリステルさんに叱られたい

 

 

 

ってことで、ノッポのMASAも還暦を迎え、おじさんとは言えない年齢になり、タイトルを変えることにしました

ノッポおじいちゃんの終焉

…『終焉』というといかにも否定的なイメージですが東京オリンピックまであと7年、身体のあちこちが軋み始めている今、2020年まで持つかどうかわからないのでこのタイトルにしました

かといってこのまま枯れるつもりはありません

生臭く、地面を這って生きるつもりです

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ローストビーフ

冷蔵庫(冷凍庫)を見ると牛肉のブロックが入っていた。

いつ買ったのか記憶になく肉自体一部が使われていて本来あるはずの日付とかの表示ラベルもない…

おそらく3か月は経っている

とにかく解凍してみた…が、どう見ても高い肉ではない…全体が赤身でいわゆるサシも無く…というところで思い出した

先々月、近くのスーパーで『たまにはステーキでも…』と思い安い牛ブロックを買った

その日のうちに切ってステーキにしたのだが…なんとまあ…不味い…

欧米人はサシの入った高級和牛より赤身のほうが好きだというが、それがもし本当なら彼らの味覚はおかしい

そういえばこの肉はもともと1キロ程のブロックだったがその量の割にかなり安かったと記憶している(元値2000円ほどで20%引きのシールが貼ってあった)

ああ、結局は夏の火鉢で、だれも手を出さなかったのだろう

それの残りが今日出てきたのだ

さすがに800gほどある肉を捨てるわけにはいかない

かといってステーキにするような肉ではない…しばらくの逡巡の後、ローストビーフにすることを思いついた

で、ネットでそのやり方を調べたら…思いのほか簡単にできそうだ

塩コショウをし、切れ目を入れてその切れ目ににんにくのスライスを挟みオーブンで焼く…

そこで止まった…家にはオーブンがない…電子レンジにオーブン機能がついてはいるがいまだ使ったことがない

オーブンの代わりになるもの…毎日トーストを焼くオープントースター…いくらなんでもこれは無理やろ

またまたネットで調べるとガスレンジの魚を焼くロースターでできるらしい

実は僕の家のガスレンジはちょっといいのを使っている

タイマーがついてたり、炊飯モードがついてたりする…

因みに僕は2年ほど前に炊飯器が壊れてそれ以来土鍋釜でご飯を炊いている

それを使うのにはどうしてもタイマーが必要だったのでこのガスレンジ台を買ったといういきさつがある

因みにロースターも水を入れずに使う両面焼きというタイプ

それで半分ほどに切った牛肉を焼いてみた

そして9分ほどで焼きあがった…驚くほど簡単だった

そして問題の味は…

 

 

 

…薄い…塩コショウが足りなかったのとニンニクがなかったためニンニクのペーストを使ったのが悪かったのか、とにかく味が薄い

何か月も冷凍されていたため元々少ない肉汁が全くない…

 

 

あ~~あ…失敗か

まあもともと料理はそこそこはできるが得意というわけではなく落ち込むことはないのだが牛肉があと半分残っている

それをどうするかだった

味のないローストビーフを仕舞うため冷蔵庫を開けた時、エバラ焼肉のたれが目に入った(物理的に入ったというのではなく気が付いたということ)

かけるだけで簡単に生姜焼きができるなんて書いてある

ためしにローストビーフをスライスしそのたれをかけてみた

笑った

何気にうまい…ほとんどたれの味なのだがその向こうに牛肉の臭みがあり微妙にマッチする

それがこれ

 

Roastbeef

何の飾りもないがそれなりに美味かった…

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2020東京オリンピック決定…

東京開催に反対していた僕だが、いざ決まったのなら最高のオリンピックにするべき

7年ほどあるので既存の施設もかなりの改修、もしくは建て替えができるだろう

なにしろ前回のオリンピック…50年以上前の建物がまだ一部ある

高速道路もかなりの改修が必要だろう

それこそ震度7でもM9.2の直下型の地震が来てもびくともしないような都市を作ればいい

 

そして何より、各競技の連盟のあり方を一から変えるべき

柔道界のセクハラや暴力的指導、名前だけの理事への利益供与、そういった古く悪しき慣習はなくさなくてはならない(なんか半沢直樹のホテルみたいだ)

そしてこの2~3年のうちに福島の問題を完全に終わらせ、被災者の復旧、復興を後回しにするなんてことがあってはならない

今回の東京決定で一番ホッとしたのは東京電力の奴らだろう

なにしろ、もし、他所に持っていかれてたら東京電力は政府、メディア、建築業界から大大大バッシングを受けただろう

でも、東京に決まったからと言って被災者が明日から元に家に帰ることができるというわけではない

それと同じで彼らの胸糞の悪くなるような怠慢とそれによって起きた『罪』も許されたわけではない

政府は一日も早く東京電力に会社更生法を適用し、いずれは解散させるべきだ

総括原価方式や発送電分離…霞が関が己の保身と利益を守ろうとさえしなければすぐにでも改められる

 

会社が赤字になれば電気料金を上げればいいという経営者や、政府からの出資金を社員に還元しそれを笑いながら受けるような社員共のいる会社がまともな運営ができるはずもない

以前所属していた女子サッカー選手(○山)がいみじくも言った『文句があるんだった電気を使わなきゃいい』

このセリフがすべてを要約している

 

 

 

それでも東京オリンピックは決まったのだ

一つのきっかけにして日本が更なる上を目指して発展すればいい

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最近テレビで名作映画をしないのは淀川さんが亡くなってから

最近テレビで名作映画をやらなくなったのは淀川長治さんが亡くなってからなのかな

もちろん『名作映画』というくくりは何を持って名作というのかという疑問もあるのだが…

僕の中では時が経ってまた見たい映画、そして世代世代で見方が変わる映画…

そういう映画の一つにフェリーニの『道』という映画がある。

この映画については過去に記事を書いているので触れないが、その主演アンソニー・クインが出ている『25時』という映画も名作だ(25時というタイトルには2000年頃に作られた全く別の作品もある)

この映画は僕が勉強もせずに映画館通いをしてた頃(14~15歳)神戸のビッグ映劇という学生割引で2本立て映画館で見た

この映画館は当時上映してほしい映画をリクエストし、その票がたまり且つコスト的に合うような時期になると上映してくれたりした

もちろんロードショウ作品は無理だがちょっと時期からずれた作品なんかを安くみられるのはありがたかった

ただ併映の作品はくそつまらないこともあった

タイトルも内容も覚えてないのに主人公の名前が『WHY(なぜ)』という作品もあった

だが概ね良い作品を上映していた

オリビアハッセイの『ロミオとジュリエット』はここで観たしアランドロンとチャールズブロンソンの『さらば友よ』もここで観た

『ドクトルジバゴ』と『はるか群衆を離れて』のジュリー・クリスティは美人だったし『冒険者たち』のジョアンナ・シムカスも魅力的だった

『時計仕掛けのオレンジ』は正直意味が分からなかった、きっといい作品なんだろうという漠然とした感想しかなかった

そして繰り返しになるが『25時』もここで観たし、ジャックレモンの『女房の殺し方教えます』もここで観た

今思えば僕の思春期はビック映劇とともにあったのかもしれない…

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この記事を書いてて思い出した

僕は高校の入試が終わり進学が決まってから全くと言っていいほど学校へ行かなかった

そもそも学校が嫌いだったし、担任のTという先生が嫌いだった…この先生、と呼ぶのもけがらわしいのでこいつと呼ぶ

こいつはとにかく依怙贔屓の塊のようなやつであれから45年経った今でもこいつのことに関しては『いい思い出』にはならない

まだ生きているのかもう死んだのかわからないし興味もないが、とにかくこいつが担任だったことで僕にとって学校というのが苦痛の場でしかなかった

それでとにかく学校へ行かなかったために僕は中学の卒業アルバムに載ってない(別撮りの丸枠にもない)

まあ、それは行かなかったという自業自得でもあるので文句は言うまい

それにあんな学校卒業したなんて別に人生にくその役にも立たないとりあえず卒業証書さえあればいい(もっとも義務教育だが)

話がそれたが、とにかく僕は学校へ行かなかった

かといって今でいう引きこもりというわけでもない

母親に弁当代として貰う100円とか200円をため映画を見に行った

当時神戸では路面電車の市電が走ってたので西は須磨から東は石屋川までものすごく安く移動できた

そして学校へ行くふりをして安い映画館めぐりをした

一番利用したのが先のビッグ映劇だ、二本立て学割180円で観れた

その次が六甲映画館…ここは三本立てで当時としてもかなり古い映画を上映してたのだが時々ヒットがあった

フランコ・ネロの『続荒野の用心棒』をここで観たし、なんと『6番目の男』というリチャードウィドマークの映画も見た

マカロニウェスタンの末期の作品『裏切りの荒野』なんてのも観た

今思えばここの映画館は上映する作品にこだわりがあったのかもしれない

当時としてもかなり古いピエトロ・ジェルミの『刑事』とか『鉄道員』もここで観た

国際会館で観たロードショウのグレートレースをここでも見た

その時の併映は『アパートの鍵貸します』だったと記憶している(おそらくジャクレモンつながり)

しばらくしてピンク映画専門になり『私は女』という映画を学生服で入ろうとしたら『おにいちゃん、ここ成人映画専門になってん』といつものおばちゃんに断られてしまった

まだ日活ロマンがないころだ(日活ロマンは1970年代から)

安い映画を見るためには努力を惜しまなかった…今思えばその努力を勉学に向けていたらと思う

長田区に板宿という町がある、そこに神宿映画館というのがあった…神宿会館かもしれない…

そこではジェームス・コバーンの『サイレンサー』シリーズを見た

ちょっとお色気作品で007のパクリというか、それでもそれなりに面白い作品だった

『サイレンサー沈黙部隊』とか『サイレンサー殺人部隊』とかがあった

そして一番利用したのが新開地のロマン座…ここでは『テキサス』とか古いがヒットした映画を見た

ここで事件があった

テキサスを見てたら横に座ったおっさんが股間を触ってきた

さすがに怖くなって映画が終わると逃げるようにして出て行った(最後まで見たんかい!!)

当時新開地は少々ガラが悪く、あっち系の人がうろついていた…それでも僕は新開地の映画館はいくつか見た

公園劇場というトイレの匂いがする映画館ではスパルタカスを見たし唯一ロードショウでは聚楽館ではリバイバル上映の『十戒』を見た(それは高校生になってから)

甲南銀映、阪急文化、アサヒ劇場…宮前市場の中にあった宮前映画館(邦画のみ)

西灘劇場では『少年猿飛佐助』というアニメを見た

その挿入歌『♪ちからよちから、雲に乗ってこい♪山の仲間は猿クマ小鹿おお~♪胸に友情瞳に正義、やるぞ負けずについてこい~僕は少年猿飛佐助オウ♪』

をいまだに覚えているのはなんでだろう

あと『安寿と厨子王丸』や『わんぱく皇子のおろち退治』とかをここで観た

もちろん阪急会館(スターウォーズ、レイダース)や朝日会館(マッドマックス2)というロードショウも観にはいったがそれははるか後年の話

今日、テレビで宮崎駿が引退するということで『紅の豚』をやってた

が、ここで一つ『白蛇伝』から続く一連の東映動画をテレビでやってもいいのではないだろうか

『白蛇伝』『少年猿飛佐助』『安寿と厨子王丸』『シンドバッドの冒険』『わんぱく皇子のおろち退治』とか

因みに『白蛇伝』には当時全く知られてなかったパンダが出てくる

今の時代にはかなり差別的要素を含んでいてどこかのバカ左翼か誰かが反対するのだろうか

因みに『安寿と厨子王丸』で安寿が入水しその身を白鳥に変えて飛び立つシーンは小学生だった僕にも悲しく切ない思いが伝わってきた

いや~~~映画ってホントに良いもんですね

サヨナラサヨナラサヨナラ

 

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2020オリンピック

あ~うざい

メディアが日本人の全国民がオリンピック招致を望んでいるような報道のことだ

ほとんどの人は、やるんやったらやったらええし、あかんかったらあかんかったでええやん…というのがほとんどだろう

日本で開催されたオリンピックは3度、東京、札幌、長野だ

たしかに夏季大会は東京以来50年開催されてない、2020年の開催が決まれば56年ぶりになる

が、フランスはパリ大会以来100年開催されてない、イタリアも前回の東京の前1960年に開催された限りだ。

そしてアジアでは前々回が中国の開催だ

ならば、トルコでいいのではないかと思う

今、東京招致を目指してさまざまな業界からさまざまな人がアルゼンチンに集結している

その中にはメダリストやメディア関係者、そして政治家、都知事…いろんなひとがいる

それだけで20億とかの費用が掛かると聞いた

それらはすべて国民の税金だ

メダリストが『東京招致を目指して頑張ります』といってるはるかかなたの日本でいまだ復興ままならない人々が置き去りにされている

メダリストたちは言う

『僕たちの頑張りが復興を目指す人の力になればいい』

ばかばかしくて話にならない…所詮は生活に苦労をしたことがないボンボンの戯言なのだ

それは震災直後、自称アーチストが『震災にあった人のために作りました新曲聞いてください』というのと全く変わらない

金儲けにするか自分の自己満足に使うかの差でそのくそのような精神性はなんらかわらない

オリンピック招致が決まれば3兆円の経済効果…なんていう馬鹿がいる

3兆円あれば被災地はほぼ完全に復興するだろう

つまりそれを言う輩は3兆円のおこぼれを願っているだけなのだ

それは招致をめざすメディアもタレントも政治家も、そしてスポーツの各連盟も一緒

招致が叶えばその人たちは評価され金と名声を得ることができる

選手には栄光、理事には名声、そして指導者は金を得る

一つ言っておくが、別にそれが悪いことだとは言わない

ただ、今じゃないだろ

東京電力の犯罪的かつ確信犯的な汚染水問題の隠蔽、取り残された被災地、それらを解決し『さあ日本は完全に復興しました』と言えるようになってから招致すればいい

今の日本に贅沢する余裕はなく、金メダリストの栄光は庶民の溜飲は下がるかもしれないがその生活には何のプラスもない

イスタンブールにオリンピックを!!!

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昭和の歌―AKBはもういいんじゃない―

昭和の歌が好きだ

それは布施明だったり岩崎宏美だったり、弘田美枝子だったり、演歌系では野路由紀子とか…いわゆる上手い人だ

実は実力派ではないが天地真理が好きで部屋にポスターも張っていた。それが後年あんな姿で…

俺の青春時代を返せ!!w

そんな中に朱里エイコという歌手がいる

『北国行きで』とかタイトル失念だが『♪赤いランプのジェット便~』とかを出し、その中でも『ジョーのダイヤモンド』は秀逸だ

でも、も一つ人気は出なかった。好きな人はすごく好きだが一般的な人気はなかった

歌唱力は当時のその辺の歌手よりとびぬけて良く、見た目もそこそこ良い(足がきれい)

ヒット曲はあるのだがも一つ突き抜けない

おそらく彼女は時代にそぐわなかったのだろう

時代が彼女を必要としていなかったというのは言い過ぎか

『たられば』はこの場合無意味だが彼女が21世紀に活躍していたら結果は違ったものになっていただろう

亡くなってすでに7~8年経つ、今の若い歌手で実力で彼女を超える歌手はどれほどいるのだろう

もう一人好きな歌手…というより『歌』をあげると

しばたはつみの『合鍵』

彼女も3年ほど前に亡くなった

同じ世代の歌手が亡くなると『あ~俺もそろそろか~』と弱気になってしまう

『合鍵』冒頭の『♪私を女にしたした人なの』というのがダメで『♪私にとっていい人なの』と変えられたこともある(NHKの仕業か)

彼女はテレビよりライブでやってたのだと思うがあのハスキーな声が好きだ

そして先日亡くなった藤圭子さん

彼女の歌はあまり聞くことはなかったがやはり昭和を代表する一人だったと思う

『夢は夜ひらく』は僕は園まりさんの方がイメージが強いのだが、彼女の代表曲になっている

 

ところで

昭和に活躍した歌手は大勢いるが記憶に残る人は少ない

でもさほど活躍してないにもかかわらず記憶に残っている人がいる

『金髪のジョージ』←これ芸名です。彼と富田ジョージは同一人物なのかな?

そして彼の歌(タイトル失念)

『♪さみしい時は、電話をしてね、ジョージは君とお話したい~♪恋人たちは~夜更けの部屋で幸せ求めて~いくつもいくつもキスをする~♪』

彼には悪いがほとんど売れなかったと思う…が、どういうわけか僕は覚えている

あと、10週勝ち抜けば歌手になれる番組で秋田か山形の男子高校生が良い線まで行った

その歌が(やっぱりタイトル失念)

『♪あなたがよければ飲みましょう~私も一人の夜だもの♪悲しいばかりにホロホロと~~…あとは忘れた』

そのあとハイセイコーとジャケットになった別の高校生歌手がいたがやはり売れなかった

勝ち抜けば歌手になれるというのが流行った時代だが流行ればはやるほどそのクオリティは落ちて行ったのかもしれない

それは出場者のクオリティではなくレコード会社のクオリティ…というよりモチベーションが落ちたといったほうが正しいのだろう

それらの番組の数年前にホイホイミュージックスクールがあり、その番組から布施明や三田明が出てきた

そして後年、プロダクションとタイアップし優勝者をプロダクションが手を挙げて獲得しデビューさせるという『スター誕生』という芸能界を根本から変える番組ができた

冒頭の朱里エイコやしばたはつみはそういう一種の王道から離れ、一人アメリカに渡ったり、ジャズ系にこだわったりして一種の武者修行的に行動した

それは時代的に古いやり方だった

時代は合理性を求めていたのだろう

この子がダメだったらはい次の子…まるで金太郎飴のようなアイドル乱造時代だった

一部の成功者(例えば山口百恵とか)の例を挙げて肯定されるが、金をかけて売れなかったらあとは元を取るためにプロダクションは脱がせる

最初はセミヌードだが次第にエスカレートしトップ(乳首)、そしてヘアー写真集…そのうちいつかはAVになる

今はグループアイドル全盛だ

AKBとかHKTとか…地域を略してローマ字にしているらしい

歌はなにしろ大勢で歌うのだから上手いのか下手なのかよくわからない

そもそも何十人もが一緒に写って前列の人たちと最後列の人たちのモチベーションが一緒って…あるのか?

そんな時、ふと耳にした曲、それが昭和の古い曲だったりしたとき

『昭和の曲って、いいなあ~』と思ってしまう

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