夢と未来は同義語なのかもしれない
三木たかしさんが亡くなられた
昭和の歌を代表する作曲家だ
岩崎宏美さんの思秋期とか石川さゆりさんの津軽海峡冬景色など数多くの名曲を創り出した人だ
まだ64歳・・・早すぎる死だ
彼はヒット曲を出してた頃「僕は57歳~70歳ぐらいにピークが来ると思う」というようなことを言ってた
つまりあれだけヒットに恵まれながらまだ満足したものはできてなかったのか
「売れる=満足」では無いのだろう
アーチストとしての目標を二つも三つも上に置いてたのだろう
目標に達したときにはすでにその目標はさらに高い位置になってのかもしれない
彼の夢は未来にあり、その未来を夢見続けてきた生涯だったのだろうか
すごくうらやましくもあり、早すぎる死にすごく残念な気もある
ご冥福をお祈りします
僕自身、呼吸器の障害でそれほど長生きできるとは思えないが、僕に残された時間(あと10年か15年ぐらいか)で彼ほど未来を夢見続けることができるのだろうか
自己を高める為にやりたい事はいっぱいある 3DCGの勉強もそうだし、3年前にはじめたまったく上達しないカメラもだ
自分が描く作品の質を高めるのもそうだ
もっともっとと思いながら、でもどこか「まあいいや」という気持ちがある
自分の描くものがお金にならないというのもあるかもしれないし、日々の生活に追われているというのもあるかもしれない
昭和初期の芸術家のようなストイックさは持ち合わせていないし、そんな生活をすると周りに迷惑をかけてしまう(現に一部の方には迷惑をかけているし)
夢を追うことは金がかかり、肉体的、精神的エネルギーも消費する。
とうとうと流れる大河のように時は緩やかでも決して止まることなく、今は過去へとゆらゆらとしたカゲロウのように記憶からは消え去ってしまう
老いた未来のある日、それでも僕は夢を持っていられるのだろうか
SAPPHO
完成です
サッフォー・・・紀元前6世紀頃に実在した詩人ですね
彼女が遺した愛についての詩が頽廃的だとされキリスト教の隆盛とともに非難の的となり、さまざまな意図的な誤解が生まれました
彼女の出身レスボス島が同性愛者を表す言葉に使われたのも、彼女が作った女性だけの寄宿学校も歪めて伝えられてしまいました
だけどサッフォーって絵のようなイメージなのでそのまま描きました
2009年の第一作目
「SAPHOO」
未だ未完成です
何かものたりない
もう少し描き込んでから印刷します
こういう定番外のサイズで描くのは初めてですが
ちょっと面白いですね
ところで今年100作描くなんていってましたが
二月に入って今年一作目
それも未完
どうしましょ
追記
右が加筆した物です
猛暑歓迎
仕事柄暑い夏は大歓迎
だけど…あまりに熱いのも困る…身体が持たん
と言いつつ今年の夏の仕事も後一ヵ月半…早いなあ~
荒淫…じゃなく光陰矢の如しですなあ~
来月初めには秋から冬にかけての仕事の打ち合わせがある
今、ちゃんとしておかなければ失業者の冬を迎えてしまう
打ち合わせは自由が丘のちょっとお洒落なカフェテラス
でも打ち合わせの相手は体重100キロオーバーのオッサン(年下だけど)
まあいいか
そのカフェテラスの隣にART-METERという絵を売ってるところがある
僕も登録し今月の半ばから販売してもらってるのだが実績はまだゼロだ
先日描いた『夕凪』のちゃんと印刷したのを持って行くついでの打ち合わせ…
この『ついで』ってのが曲者
打ち合わせの『ついで』なのか、絵を持っていく『ついで』なのか…
『どっちでも同じやん~』と言われそうだけど僕の中では大きな違いなのだ
一応本職は『絵描き』で家電量販店での勤務は『サイドビジネス』なのだ
だけど収入は0.1:9.9と圧倒的に絵の収入は少ない(0.01:9.99かも)
年金を貰うようになったら絵を描いて収入につなげたいなんて思ってるがどうやら考えが甘いようだ
せめて年金よ…というより社保庁よ払った分だけでも返してくれ
名も知らぬ画家
今回のteruちゃんのレコードジャケットのイラストの話で思い出したことがある
僕が学生の頃…だから35年前
別の学校の生徒が10人ほどでグループ展をするということで見に行った
学生だけあってさまざまな表現の作品、さまざまなレベルの人がいたが一つ僕の目を引いた作品があった
卒業課題で描いた作品らしく、その方はすでに卒業していてその展示会にも来てなかったのだが、いまだに心…というよりまぶたに焼きついた作品だ
作品はかなり大きくB0サイズ…わかりやすく言えば畳一帖より更に少し大きいぐらいで横向けで描かれている
上3/4を真っ青なブルー(いわゆるコバルトブルー)で塗られ、下1/4をブルーコンポーズ(やや色彩の落とした青)で塗られた作品
遠目には青い一枚の畳にか見えないが近くで見ると二色であるということがわかる
タイトルは『水平線』か何かだったと思う、もしかしたら『~~の水平線』か『水平線の~~』だったかもしれない
絵を描くものの情として『水平線』と付くと、つい波を描きたくなる、空を描くとつい雲を描きたくなる
が、その作品はそれらの全てを一切排し、グラデーションさえも使わない空の青と海の青だけで描かれていた
それが思わずひれ伏してしまいそうなほどの圧倒的な自然に見せていた
一緒に行った友人は『絵の具を塗っただけの作品や』と、あまり感動した様子は無くもしかしたら彼の言う通りなのかもしれないが
その時の僕には一つの感動に打ち震えた経験だった
実は僕が描く作品にはその影響がかなり残っている
風景を描くと必ず水平線を描き、空は圧倒的な広さで描く
でも彼のようにその二色だけで描ききってしまうほど僕は潔くないようだ
雲を描き波を描き、木を描き砂を描く…
描けば描くほど彼の絵から遠ざかってしまうように思う
いつか彼が僕に与えたような感動を誰かに、たった一人でもいい、あんな感動を与えられるような絵を描くことが出来るのだろうか
絵のある風景
宣伝させてね
僕が絵を預けている会社です
現在約50名の方が登録されてます
部屋に一枚絵を飾るだけで雰囲気は違ったものになります
すばらしい作品を描かれる方たちばかりなので一度覗いてみてください
MASAYO’sHISTORY
19歳の頃大きな病気をして5年間の入院を経験した
それでも2年目ぐらいからかなり回復し身の回りのことはできるようになったのだが、それだけに時間を持て余し、何かしようと思い絵を描く事にした。
元々絵の学校行ってたし
マンガの同人に入ってたのもこの頃の事である
絵の具だとパレットとか筆を洗わないといけないのでインクで描いてました。
描いた作品を今で言うフリーマーケットのような所で売ったこともあります。その時はかなりの売上になり数万円稼ぎました
「俺の絵って売れるんや~」と思いましたね
ホルベインのカラーインクを少しずつ揃えて…退院する時は「入院してて、なんでこんなに荷物ががあるのよ」って姉に怒られるぐらい画材が揃ってました。
何しろ足掛け5年の入院、半端な量じゃなかったですね
退院後しばらく自宅療養の後レザークラフトの店でアルバイトをし、少しは自分の能力を生かせる事ができる仕事に就きました。
僕が作った革の髪止めは作ったら作っただけ売れました。
その後結婚をし絵を止めました。生活のため食品会社に勤めましたが結局結婚は3年で破綻し、その会社も5年後に退社しました。
離婚後画材を送ってくれるよう頼むと既に捨てられてしまってました。(高かったのに)
それ以後は派遣会社に登録し細々と食いつないでます。
10年前からCGを描き始め今はインクとか絵の具を使った作品、いわゆるアナログ作品は描いてません。
パソコンが出始めの頃に比べプリンタの性能が飛躍的に向上したので作品を大きくプリントアウトしてパネルに入れてます。
気に入った作品は保存性を高めるためにプリンタ専用のクロスに印刷しパネルに入れてます。
何点かは売れましたがそれで食っていくのは無理ですね、「印刷」と言う性質上そう高い値段はつけられないです。
今はあるデジタル作品を製品化する会社と提携して売り出されてますが、作品をデータとして預けたら後はお任せなのでまだ収入になつながってません。
三年前に昔の病気が業して多量に喀血し、みっちり働く事が出来なくなったので今は週三日の仕事です。
ただ歩合が付く仕事なので上手くいけばそれなりには稼げますね。そういう点では恵まれました。普通、病気になった派遣社員には「今期の契約はいたしません」のひと言で終わりです。
もし妻や子供がいたりしたら話は違いますが、今の僕的には仕事にも就けて絵も描けるというある意味恵まれた状況です。ただし収入はピーク時の半分以下(三分の一に近い)
将来的には沖縄の宮古島かどこか離れ島に住んで絵を描いて暮らしたいです。ただしインターネットは必須
絵の話 その5 ぬるい仲間
僕はその昔入院してる時、漫画の同人に参加してた。
漫画の同人と言っても別にカテゴリーにはこだわらずイラスト、絵本、少女少年マンガ、何でもありのゆるい同人だった。
月一回会報は送られて来るのだがパソコンなんか無い時代、オフセット印刷の後製本されたものを送ってくるのでかなりの時間的負担だったと思う
会誌は24ページぐらいある時とコピーが2~3枚の時と月によってかなり差があった。
会費は月500円だったかで当時のアルバイトの時間給2時間分ぐらいか、おそらく会誌の送料、印刷、製本代で赤だったのではないか、今思うとその時の会長には頭が下がる
2年ほど続けたがある日、女性会員の作品が送られてきた。
正直に言ってあまりレベルの高い作品ではなかった。
当時人気があった萩尾望都さんの絵に市川じゅんさんの台詞回しをミックスしたような作品だった。
なぜこれほどまでに覚えているかには理由がある。
僕はその作品にかなり抑えたつもりではあるが批判的なコメントを送り、次の会報にそれが掲載された。するとその次の会報に僕に対する批判が山のように送られてきた。
そのほとんどが「あんたに人を批判する資格があるの?」と言うものだった。中には「あんたの作品だって独り善がりの自己満足の作品じゃない!!」というのもあった。
「あんたの作品だって…」と言うことはあんたも掲載作品を独り善がりの自己満足な作品と思ってるって事?
台詞回しも例えマンガであってもある程度のリアリティは必要だし、気取りに気取った台詞は見ているものをしらけさせる。
そう言った僕の意見には文章の文法で一つ一つ説明し、文法上間違ってないと言うものもあった。僕としては別に文法をどうこういったつもりは無いのだが…
作品は自己満足で描く、それが他人に受け入れられるかどうかは描く人の裁量でどうなるものではない、でも自分の作品をより高いところへ持っていくためにはあえて人の批判に耳を傾けなくてはならない場合がある。
日本で1%の人が認めてくれたらミリオンセラーである。そんな中で一人二人の批判に耳をかたむけられなくて上を目指せるのか
人の作品を批判すると往々にして本人ではなく回りの人から非難を浴びることがある。それ以来僕は人の作品を批評する時にはかなり気を使うようになった。
もし意見を求められたらまず良い所を3つ4つあげて悪いところを1つあげるようにしている。例えその作品が全く良い所が無くてもである。
でもこれって、そういう状況って健全なんだろうか?
一部の「絵の上手い人」に見られる、なんでもかんでも蔑むような批評はどうかと思うが作品や描いた人の向上を望むような批評さえも一律否定する風潮に僕は人種問題を議論する一部の掲示板のような、ある種の気持ち悪さを感じる。
あきらかに下手な人、表現力が未熟な人、なのに感性だけは恵まれている人、そういった人へのアドバイスさえも十把一絡げで「非難」と受ける人たちの未来はあるのかと思ってしまう。
「色使いがいいですね」「優しい絵ですね」と言うのは本当に褒め言葉なのか?と思ってしまうが僕自身この台詞はよく使っている。これは僕のボキャブラリの貧困さから来てるので勘弁して欲しい
僕はまず下手な人のサイトのBBSには書き込みをしない。と言うと語弊がある。
「この人って替わった感性の持ち主だなあ」と思う人や絵自体に魅力のある人のところはたまに書き込みをする。でも「少女漫画的イラスト」や「ロリコンアニメ」系、「ガンダムもどき」系のイラストのところには絶対に書き込みをすることは無い。
あと、あまりにすごすぎる方の所にも書き込みはしにくいかな…
「スーパーリアル」がイラストの頂点だとは思ってないが僕が求める世界の中での最上は「スーパーリアル」だと思っている。
それは僕の観念なので他人にはどうしようもない。逆にパステル画のような優しい絵柄に最上を求める人もいるだろうし、それを否定するものではない。
と言うよりそういう絵が描ける人にあこがれもする。あこがれるはするが僕が求めるものとは違う、と言うように受け取って欲しい
例えていうなら、中華料理と和食とフランス料理、さあどれが一番美味しいか…と言う質問には答えようが無いのと同じなのだ
それでも若くして自分の作風に凝り固まり、向上しようとしない人が自分の作品を謙遜してるのだかどうかわからないが「パクッテます」と公言したり、「下手なんですが」と前置きする事に対しては苛立ちを覚えるし、そういう人へのぬるい批評はある意味罪悪だとも思っている。
僕は人に「僕は絵、上手いよ」と平気で言う、そこに謙遜は必要ないと思っている。半分プロ、完全なプロであるならばそうあらねばならないと思っている。
さらに例えアマチュアでも新作を「下手なんですが」と前置きするぐらいならHPで展示するべきではなく、発表する限りはその時に描ける最良の作品を展示発表しているはずなので無意味な謙遜はするべきではない
絵の巧拙は間違いなく時間と経験が解決するので僕に言わせると「下手なんですが」と言う前置きは作者の努力を怠ったことへの「逃げ」でしかなく、少なくとも絵描き、イラストレーターを目指す人は使ってはならないセリフなのだ
聞きたいことしか聞かない耳の持ち主と、言わなければならない言いたくない事を言わずに済ませられる口の持ち主が集まった仲間って本当に仲間なのか?と思ってしまう
絵の話 その4
自分のブログを放置してしまってた。
「おともだち」のところは回ってコメントを幾つか残していながら自分のところの記事をアップしてなかった。
そのうちの一人teruさんが女性のイラストをたくさんアップしている。ご友人のイラストらしいが、なんとも言えない優しい表現をされる方だ。
自分も絵を描くが女性を描いた時ああいう表現が出来ない。「明るい竹久夢二」を彷彿させる。と言えば失礼に当たるのだろうか…
teruさんの絵を見てると人に対する愛情というものが見える。
別にモデルの方を愛すると言うのではなくもっと広い意味で、花を愛し、星を愛し、空を愛し、海を愛し、そして人を愛すると言う他の動物には無い人間だけが持つ絶対的な愛といったら言いのだろうか…
背景には必ず「花」をあしらっている。それも俺には描けない、昔「花」という課題で牡丹を描き、それをキャベツと言われて以来花は描かないようにしている。幸い描かなければならない状態に陥ったことも無いのでそれで済ませている。
抽象的なというか誇張した花は描いた事がある。実際には無い花…それだと見ている人が比較するものが無いので強気になって描ける。だから「この花何の花」と聞かれると「僕の中で『花』というイメージを膨らませて」などと愚にもつかない理屈で言い逃れている。
更に言うと僕は花の名前を知らない。菊とタンポポとマーガレットの違いがわからないのでその時点で花を描く素量が無いのかもしれない。
僕は時々絵を描く迷路に落ち込む時がある。なぜか自分の絵が否定的にしか見えなくなってしまい作品を破り捨てたくなる。そんな時破り捨てても後でもう一度プリントすればいいだけの話なのでCGで良かったと思う。
そもそも歯車のことが美しいと思う感性で自然現象を描こうとするのが間違いなのかもしれない。
0.01mmの線で描かれた機械を見たことがあるだろうか、ロットリングと言う製図ペンで描かれたイラストで近くで見ると線の集合体でしかないのだが少し離れてみると写真よりリアルな絵になっている。それが「スーパーリアル」とのはじめての出会いだったのだがその時受けたショックからまだ抜け出せないでいる。
だから自分の目指してたものと全く感性の違った作品を見ると迷ってしまう。「一発勝負」の油絵とか水彩画と言うのならそういう部分で根本的にCGとは違うのでそう影響を受けることは無いのだが、同じCGで自分とは違った作風を見ると悩んでしまう
言い換えれば「悩む」ということはまだ僕自身に伸びる余地があると言うことなのかもしれない
僕は根本的なところで楽天家だったりする
絵の話 その3
絵を描いてて自分は何を目指してるのだろうと思う時がある。
それと同じく人の絵を見てこの人何を目指してこの絵を描いたのだろうと思う時がある
絵の上手下手ではなく「何でここでやめるの?これで完成?」というなんとも消化不良に感じる作品がある。
描いた本人がそこでやめてるので僕がとやかく言える立場でないのはわかってるが、中にはあまりにももったいない作品がある。
どこかで書いたが「感性は無限」ではない。想像力という「無」から「1」を作る能力は年とともに劣化する。
それを補うのは知識であり経験である。一つの広告を作る時幾つかの作業をそれぞれを担当するスタッフに任せ、ディレクターと呼ばれる人がそれをまとめて完成させる
そのディレクターと呼ばれる人も元はイラストレーターだったりカメラマンだったりと、はじめからディレクターをしていたわけではない、培われた知識と経験がディレクターと言う重責を担えるのである。
別に絵を描く人が皆ディレクターを目指してるわけでないことはわかっているのであくまでも例として言ったまでである
若い頃にピカソを見るのは有益であり、同時に東映マンガ祭りを見るのも有益であると僕は考える。ルーブル美術館にも行きたいしジブリの森にも行きたい。
言い換えれば目に映るもの全てが有益であると言える。それを有益にするか、ただ流してしまうかは本人の意識の持ちようでどうとでもなる。
あるサイトの方の言を借りれば「プロのイラストレーターは受注を受けた時点で半分完成してなければならない」
つまりある仕事を受けたら、その時点で自分の頭の引出しからデータを引っ張り出してイメージが出来ており、後はそれを具現化するといういわば事務作業でなければならないというのである
プロとアマの違いを活写した言葉である。
100m走に置き換えると、我々アマチュア(または半アマチュア)は受注があるとそこがスタートになるがプロは我々がスタートした時点には既に50m先を走ってるのである。
それを可能にするのが「蓄積された感性」なのだ。
蜘蛛の巣の形は多角形だと誰もが知っている、でも実際はかなりいびつな多角形で更に何枚かの巣が重なり合って出来ている。
[絵の話2]の「赤は赤であって赤じゃない」の話と重なるが、そのことを知っていて蜘蛛の巣を描くのと知らないで描くのとでは作品の出来に大きな差を与える
普段蜘蛛の巣をそんなにしてまで見ることは無いだろうが「プロの絵描き」を目指すなら、特に若い間こそ、それぐらいのことは日々の生活の中に持ち込まなければならない。
その小さな事の蓄積が積み重なって「経験、知識」というインデントが付いて引き出しに保存されるのである。
人間の脳はパソコンのハードディスクと違い200GBで一杯だからもう入りませんと言うのではない、忘れてしまったと思っても関連することをイメージするうちに思い出すものである
そして最初の話に戻る
中途半端なまま完成させてしまった作品はおそらく陽の目を見ず仲間内の「良いんじゃない?」というヌルイ批評の中でいつか完成してもらえるのかと言う淡い期待を抱いたまま記憶の淵へ落ち込んでいくのである
絵の話 その2
これはYAHOOの掲示板からの続きです
「批判」と「批評」は違いますよね、
掲示板では「批判」と書くつもりが「批評と書いてしまった スマン
僕は辛口でも言いから「批評」されたいです。
出来上がった作品を見て「こんな絵、誰でも描けるよね」というような言葉を聞くとたとえそれが僕の作品でなくてもむかっ腹が立ちます。
正しい批評を受けると自分には見えなかったところに気が付くことがあります。
友人(30代半ば)が油絵をやっていて、日展でたまに入選してる人なんですがその彼に「MASAYOさんは、全体的には上手いし、構図の取り方もいいと思うけど、なんか物足りない」って言われたんですよね
注 もちろんMASAYOさんなんて呼ばないですよ
「なにが?」って聞くと「う~ん」としばらく考えた後、「俺も勉強中で偉そうな事言える立場じゃないけど色使いが甘いのかな~赤は赤であって赤じゃないってわかる?」とわけのわからないことを言ってました
つまり僕は、たとえば車に色を塗る場合青だったら青をベタッと縫ってるんですが、彼の言うのには色って、たとえ青でも青だけじゃないでしょ、いろんな色の兼ね合いの中で青に見えてるんでしょ…って言うんだけど僕にはちょっと理解できなかった
「色即是空空即是色?」っていうとちょっとあきれた顔をしてたが、やはり彼は芸術家だ…と思った
とにかく彼の指摘を受けて「色」というものをちょっと考えてみようと思った
でも考えてどうなるものでもないので手近なところで「人物」それも似顔絵を描いて色と言うものを考えてみることにした
ところがこれが考えていた以上に難しい、まず肌色…肌色じゃないんですね、彼の言ったとおり一つの色のグラデーションで成り立ってるわけじゃないんです。
影は明るいところの色をそのままダークにするだけで影にはならないんですね…
試行錯誤で描いたのが「安めぐみ」、自分的には「ちょっと似てるやん」と思い、続けて描いたのが「ほしのあき」
これは髪の毛にこだわりちょっと濡れた感じを出したら掲示板の方に「ちょっと濡れた感じの髪がいい」って褒められた
「豚もおだてりゃ木に登る」で続け様に描いたのが「BoA」で…これが最悪!(別にBoAが最悪と言う意味じゃなく)何度書き直しても似ない、顔の色も変、そのうちに描き直しすぎて形まで変になってきた。
こりゃいかんと思い描いたのが「大木優紀(テレ朝のアナウンサー)」でドツボにはまりました。注 大木ちゃんがドツボと言うわけではない
以来小倉優子、西川史子、と描いて仲間由紀恵さんあたりからちょっとコツをつかんだかなと言う感じ
室井ユヅキさんと国生さゆりさんは表現を変えて描いてるので除外です。
ぴあの表紙をイメージ
つまるところ、先の「赤は赤であって赤でない」というのを判っていて赤を塗るのとそれを判っていなくて赤を塗るのとでは意味が違うと言うように僕は理解しました
なんか精神論を説いてるようで誤解を招きそうなんですが決してそうではありません
精神論で絵が上手くなるんだったら僕は山に篭ります。
結局絵を描くと言うことはそれがプロであれアマチュアであれ上を目指すのなら一生勉強なんだなあとあらためて思い知ったしだいです
絵の話
このブログは絵のサイトにもリンク掛けてるのでたまには絵の話を…
興味無い方はとばしてください
HPのプロフィールにも書いてあるのですが好きな画家はミュシャとかロートレック、クリムトなど、どちらかと言えば純粋に「芸術」と言うものよりどちらかと言えば商業的な匂いを感じさせるものの方が好きです。
印象派の作品、ルノアールもモネもセザンヌもすごくすばらしい作品なんでしょうけどなぜかクッキーの箱に描かれた絵とか当時の雑誌の表紙に描かれた絵の方が僕の美的感覚をくすぐるのです。
19世紀末のクッキー箱の絵は驚くほどに綺麗です(笑)
ロートレックのムーランルージュのポスターなんかは彼の生い立ちと置かれた状態(半身不随)とは逆に躍動美に溢れ生々しく活き活きとした人間が描かれてます。
美術史にはあまり興味もないし詳しくも無いのですが印象派と呼ばれる派がそろそろ色あせてきた時代なんでしょうか。
「絵」と言うものが宣伝媒体として、現在で言う「ビジュアルコミュニケーションデザイン」として認知され、「絵」は額に入れて部屋に飾っておくだけのものじゃなく他にも利用価値はあるんだぞと認められた初期の時代なんでしょう
その分、例えばミュシャ(アルフォンス・ミュシャ)は高校美術史のテキストにその名前が載ってなかったりします。美術界からすれば映画の看板描きぐらいの扱いなのでしょうか、はなはだ疑問ですねミュシャファンの僕としては
彼はいわゆる「アールヌーボー」の時代の画家です。アールはART、ヌーボーはNEW、で新しい芸術といった意味でしょうか、本当はもうちょっと深い意味があるみたいです。
日本の浮世絵とかが影響を与えて彼らが発展させたといっていいのかな、僕の中では装飾的かつ曲線的で、ちょっとHっぽく官能的と捕らえてます。ミュシャの「四季」とかを見るとその説明がすぐに理解できます。
その後にアールデコとかキュビズムと言うのがありますが僕には理解できません
有名なピカソの「ゲルニカ」もキュビズムの作品の一つなのかな??あの作品はすごいです。なんか原爆を投下後の広島とダブってしまいます。
そして時代はずーっと進んで(ダダ、ドイツ工芸派運動とかは無視、くだらん)アメリカのアート、ノーマンロックウェルとかが好きです。写実でありながら100年前の写実とは違い描かれる人物が生き生きしてますね、シュールレアリズムは僕的には「なんなのこれ」と言う感じです
※ シュールを決して否定してるのではありません。ただ僕には理解できないと言ってるだけです
マックナイトやラッセン、シメール…と今現役で活躍してる人たちは**派というのに属してるんでしょうかね?
今は「スーパーリアル」と言うのが受けてます。
「写真のように」描く…この「ように」が重要です。
写真と同じだったら写真で言い訳ですよね、そこに画家の一味を加えることによって同じモノが写った画面でありながら一味違う表現が出来ると思います。
もちろん写真は写真で絵では表現できない画面を取り込むことが出来ますよ、どっちが上と言うよな事は言ってません。
僕は絵を描く時「部屋に飾る」ということを頭において描きますので800mm×600mmというようなサイズでプリントしてもジャギー(線のギザギザ)が出ないような解像度で描くようにしてます(PCの性能上限界はありますが)
絵柄もどちらかといえば若干トーンを落としケバく無いような色彩に調整し、グロな絵はまず描きません。ドクロに剣が刺さったような絵を部屋に飾りたいと思う人はあまり居ないと思います(描けないと言うのが第一の理由ですが)
もしスーパーリアルってどんなのという方は見に行ってください。
スーパーリアルイラスト 空山基さん リンクははずしましたのでサーチ検索してみてください
僕なんかではとても太刀打ちできません・・・(今は)
絵を描かなきゃいけないのですが
頼まれてる絵を描かなきゃいけないのですが、どうも気分が乗らない
完全に想像ですヨ(やっぱり元の絵の方が可愛いかな)
頼まれてるのは夜に描こう・・・
そしてきょうもMA$AYOは夜更かしをするのであった・・・合掌
あと追記ですが
コメントを下さったりトラックバックしてくださった方はその時点で「お友達」と言うことで (誰がなんと言おうと[お友達]なの!!) 勝手にリンクさせていただいてます。
もし不都合があれば言ってくださいね
また、ユヅキ姉さん関連の方は自動的に「チームYUDUKI」に入れさせていただいてます。
別にユヅキ姉さんに公認を受けてるわけではありません。
絵って・・・むずかしい
一応美術の学校(専門学校)を出たので上手い下手は別にして絵は描くことも見ることも好きです。
それで僕の目指す(目指したい)方向も一応決まっている
風景画で必ず車なりバイクなりをモチーフにした作品だ
でも、そういった絵を描く人って多いんですよね、更に言うとそういった絵を描いてるほとんどの人が僕より上手いんです。
人の作品を見るたびに自己嫌悪に陥ります
何で俺の絵はこうなんだろう・・・って、でも昔絵の先生に言われた一言「自己嫌悪は上達に欠かせないことなんだよ」を糧にして描き続けます
絵だけじゃなく小説やシナリオを書く人が絶対に言ってはならない言葉に「ああ、こんな絵(話)だったら誰でも書けるよね」というのがあります
出来上がった作品を見て「これだったら・・・」と言うのはジャンケンの後出しみたいなもので無意味この上ないセリフです。
高校の頃美術部にやたら人の作品をけなす部員がいた。とにかくけなすのである。辛口の批評とか言ったものでなくけなすだけなのでいつしか周りから浮いてしまってました。
僕自身ヌルイ批評はあまり好きじゃないのですが、ただけなすだけってのもねえ
小学校のときの図工時間「オリンピック」と言う題で絵を描くことになり僕は棒高跳びの絵を描いた
画面の周りに競技場のスタンドを描き、空に向かって二本のマストが伸びその上を選手が飛び越えると言うのをマストの間から魚眼レンズで見あげたように描こうとした
その下書きを見た周りの友達に散々けなされた。マストが観客席より高いのはおかしいと言うのもいればマストが曲がってるという者もいた
デフォルメと言った言葉や写真の「あおり」といった言葉を知らない年齢である
結局周りの言葉に負けて差しさわりの無い絵を描いて提出した。
後日図工の先生に呼ばれ、何で最初描いてた絵を描かなかったのか聞かれた。
友達がおかしいって言うし・・・とか口ごもっているとその先生は「いいMASAYO君、絵と言うものは自分の思ったとおりに描けばいいんだよ、MASAYO君が描いた絵を友達の名前で出すわけじゃないでしょ、絵と言うのは自分の心を描くわけだから人に左右されるものであってはいけないんだよ・・・云々」っていわれた
小学生の自分には半分ぐらいしか理解できなかった、でも半分は理解できたのでそれ以来人の言う事は気にせず自分の絵を描こうと思ってる
今日も自己嫌悪に陥りながら
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